小説の木々12年05月
窓の外が乳白色に濁っている。毎年律儀にやって来る海霧を居間の窓から眺めた。六月に入ってから一週間経つが、まだ一度も太陽を拝んでいない。隣家の前の植え込みでは背の低いチューリップが花を咲かせている。街全体が、海からゆっくりと吐き出された糸によって繭を作っている蚕のように思えてくる。ふつ視線を上に向けると、隣の軒先から薄紫色の枝先がのぞいていた。ライラックの花だ。「海繭(桜木紫乃)」
花と流れ星(道尾秀介)★★☆☆☆
株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 12年4月15日発行/12年05月01日読了
「背の眼」、「骸の爪」に続く霊現象探求所の真備、助手の凛、ホラー作家道尾シリーズ物。こうしたシリーズ物は個人的には好みではない。読み手と書き手の間に馴れ合いが生まれ、新鮮味に欠ける。また、短編の謎解き物は、ワンポイントでなるほどとは思うが、それが何か、と深みがない。第一話の「流れ星の作り方」は良かったので、それ以降が尻すぼみ。「背の眼」、「骸の爪」は未読だが一層読む気がなくなった。
狼は瞑らない(樋口明雄)★★★★☆
株式会社角川春樹事務所 ハルキ文庫 第三刷 09年5月18日発行/12年05月06日読了
山岳小説が元々好きなせいもあってか、まさに息もつかせずと言った雰囲気で読みきった。序章のタカシの遭難、SPとなって要人を警護していたとき、テロリストは要人ではなく明らかにSPの自分を狙っていた。ここから怒涛の展開であった。命懸けで遭難救助をする山の警備隊がいた。おりしも今年のGW、白馬で6人の遭難死が報じられている。
モンスター(百田尚樹)★★★☆☆
株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 09年4月15日発行/12年05月08日読了
和子の人生が不幸だったのか幸福だったのか他人が議論できることではないだろう。幼いころからバケモノと言われ苛められ蔑まれてきた。特に子供は残酷である。幼稚園の頃男の子と隣町まで行き帰り道迷子になり、そのとき自分を守ってくれた男の子をずっと慕い続け、そのためだけに多額の整形美容で顔を変える。最初からその瞬間だけ夢見て、行き着く場所など考えていなかった。本当に和子を理解してくれたのは崎森だったが、長年の夢を前にその愛は受けられなった。顔以外の整形は機能整形なので拘りはないが、顔は人格であり多くの人は抵抗を示す。しかし、人生、人格を変えて何が悪いのかとも思う。
愛されすぎた女(大石圭)★★☆☆☆
株式会社徳間書店 徳間文庫 初刷 12年3月15日発行/12年05月13日読了
モンスターの逆バージョン。「抜きん出て美しかった。誰もが視線を向けるほどに素敵なスタイルをしていた。だからこそ、普通の女とは違う特別な人生を送れるはずだ」有閑マダム生活に憧れて、結婚相談所で知り合った青年実業家岩崎と結婚する加奈。岩崎は4度の離婚暦があり、自らはその理由を理解していない性格破綻者。岩崎にとって妻とは着せ替え人形のダッチワイフだった。そもそも何かなければ短期間でそんなに離婚を繰り返さないだろう。結末はおのずと見えてくる。少々読み続けるのに苦労するヶ所あり、口直しが読みたい。
起終点駅・ターミナル(桜木紫乃)★★★★☆
株式会社徳間書店 徳間文庫 初刷 12年3月15日発行/12年05月16日読了
北海道だからこその風景、雰囲気で、どこかチクチク、ヒリヒリする。隅っこでひっそり生きる人々の小さな起伏、しかしその人にとっては人生のすべて、そんな思いを綴る。たまたま手にした本だったが、桜木紫乃の作品をもっと読んでみたくなり、amazonへ5冊注文した。
ラブレス(桜木紫乃)★★★★☆
株式会社新潮社 第2刷 11年12月5日発行/12年05月20日読了
「親だと子だのと言ってはみても、人はみんな手前勝手なものだから、自分の幸せのためなら手前勝手に生きていい」と百合江は言った。駆け落ちしたハギ、16歳で一切捨てて旅芸人の世界に身を投じた百合江、そんな百合江に文句を言いつついつも助ける妹の里実。同じように親元を離れた理恵と小夜子。荒廃した開拓小屋、通り過ぎていく人々、幸不幸はその人だけのこと。「小夜子は百合江の来し方に自分たちの物指しなど必要がないことに気づいた。」
硝子の葦(桜木紫乃)★★★☆☆
株式会社新潮社 第1刷 10年9月30日発行/12年05月23日読了
倫子はなぜ澤木に歌集と写真を送ったのか。節子はなぜ倫子のところへ行ったのか。ガソリンは既に購入されていて、節子は澤木を証人にして事を起こし完璧だったはず。だが、ラストが唐突過ぎてついていけない。夫が交通事故を起こし植物人間になってからカラカラと回り始めた悪意の籠もった回り灯篭。
それもまたちいさな光(角田光代)★★★☆☆
株式会社文芸春秋社 文春文庫 第1刷 12年5月10日発行/12年05月24日読了
受験生の頃、深夜ラジオに嵌ったことがあった。どこでも多くの人がその時間その番組を共有しているラジオの魅力だろうか。「どんな記憶ものちに小さな光を放つ」、幼馴染の雄大と仁絵はときめきがないというがこれもまた一つの形。
恋肌(桜木紫乃)★★★☆☆
株式会社角川書店 初版 11年12月31日発行/12年05月25日読了
「人の気持ち、話すと分からなくなる。話さなくても、シュウとは大丈夫と思いました」中国から貧困の牧場に嫁いだ娘が健気に生きていく。みんなやるせない気持ちを胸奥に抱えていた。
氷平線(桜木紫乃)★★★☆☆
株式会社文芸春秋社 文春文庫 第1刷 12年4月10日発行/12年05月27日読了
海霧、貧困、豪雪、閉鎖、重く暗く地方風景が全体に流れる。一緒の夢さえ見てはいけなかったのか。そんな中で「霧繭」随分前向きな作品、武器は針一本、この世に二つとない反物もある、そこに鋏を入れる、プロ意識が滲み出る。「いい女ってのは一生かかっても主役にはなれない。主役はいつだって愚かな女なの」
時限(鏑木蓮)★★★☆☆
株式会社講談社 講談社文庫 第2刷 12年4月5日発行/12年05月29日読了
時効ものは横山秀夫の「第三の時効」もよかったが、本作品もハラハラしながら最後のどんでん返しである。坂本龍馬を世に出した姉乙女、龍馬の危機を救うお龍。三度も首を絞めたあとのある死体が十五年前の失踪事件をほじくり返す。そして公訴時効の時刻が過ぎる。
ワン・モア(桜木紫乃)★★★★☆
株式会社角川書店 初版 11年11月30日発行/12年05月30日読了
連作ものはあとから突然その前の登場人物などが出てきて再会した様なうれしさを感じて嬉しい。重松清の「その日の前に」を髣髴させる内容である。最終章の悲しい終末を想像していたが、予想に反してとりあえずのハッピーエンドで実はほっとした。氷平線の解説にあった「それでも人は生きていく」ではなく「そうして人は生きていく」という言葉が思い出される。