小説の木々12年06月

 年寄りの、最後のわがままなんです。死んでから花に囲まれてもちっとも嬉しくない。好きな景色ときれいなお花は、生きてるこの目でみたんですよ」そこをみて、と喜久子がテラス側の木々を指さした。あれはみんなスモモの木。・・道路と花壇を仕切るように、白い花を付け始めた樹が等間隔で五本並んでいた。片桐はその樹を指さし、エゾノウワミズザクラですねと言った。(「凍原」桜木紫乃)

セカンド・ラブ(乾くるみ)★★★☆☆

株式会社文芸春秋 文春文庫 第1刷 12年5月10日発行/12年06月01日読了

 最後まで読んで、それでは序章のナレーションは正明の視点だったのか、と納得。トリックの最大のポイントは、あの映画ブルース・ウィリスの「The sixth sence」と同じ。お嬢様育ちの春香は気紛れではなく、押さえ込まれた自分を妹の立場を利用して出したかった。これが本性で、魔性の女だったのか。倉持の失踪は意味不明。

プラ・バロック(結城充孝)★★★☆☆

株式会社光文社 光文社文庫 第9刷 11年9月30日発行/12年06月08日読了

 女性刑事黒羽優、射撃の腕は国体級、頭の切れもいい。悲惨な連続殺人と集団自殺。バーチャルなネットワーク世界もあり盛り沢山。最後の詰めはハラハラものだが、そもそもこんなに死体を出す必要があったのか。残忍で異常な性格で緻密な犯人との死闘。最後は早急すぎて、タカハシの存在といい現実性とともに、犯人像がうまく結ばない。

凍原(桜木紫乃)★★★☆☆

株式会社小学館 初版第一刷 09年10月18日発行/12年06月13日読了

人間の絡み合いの偶然性はよしとして、徐々に過去に迫っていく展開は非常に興味深い。誰にも触れてほしくない過去がある。「白いものをどう染めようかと考えていると、自分も一緒に染め直せるような気がする」まさに染め直しの繰り返しだが、いつしか、どれが自分か分からなくなってくる。「人は二人になるために生まれてくるけど、ひとりで死ぬために生きる」やっと比呂に区切りのときがくる。

火の壁(伊野上裕伸)★★☆☆☆

株式会社文芸春秋 文春文庫 第2刷 12年06月5日発行/12年06月17日読了

 題材は面白そうだったが、どうも表現がまどろっこしい。初めて都貴子会ったときの誘惑めいた場面は場違い。最後の真相に迫る際も、不必要な自暴自棄。盛り上がりがあるようで盛り上がれない苛々感が残った。

ラストラン(志水辰夫)★★★☆☆

株式会社徳間書店 徳間文庫 初版 12年06月15日発行/12年06月26日読了

 作者自身が言う様に、さほどの出来ではない。しかし、初期の意気込みは感じられた。短編であるが故にそれぞれがワンポイントで余韻を残す。

こころが折れそうになったとき(上原隆)★★★☆☆

NHK出版 第一刷 12年05月25日発行/12年06月27日読了

 いままでのノンフィクション・コラム形式ではなく、エッセイのようなもので最初戸惑った。「自死という生き方」、安易に判断はできない。

銀の匙(中勘助)★★★☆☆

株式会社岩波書店 岩波文庫 第27刷 12年3月5日発行/12年06月30日読了

 再読、確か高校生のころだったか。子供の気持ち、生活を子供の視線で丁寧に素直に描かれている。夏目漱石が絶賛したという。叔母との再会の場面がいい。ただし、最後の友人の姉が帰るときの涙ぐみはいささかしつこい。