小説の木々12年07月
遊び場の隅には大きな合歓の木があってうす紅いぼうぼうとした花がさいたが、夕がた不思議なその葉が眠るころになるとすばらしい蛾がとんできて褐色の厚ぼったい翅をふるわせながら花から花へと気ちがいのようにかけまわるのが気味がわるかった。合歓の木は幹をさすればくすぐったがるといってお国さんと手のひらの皮がむけるほどさすったこともあった。夕ばえに雲の色もあせてゆけば待ちかまえてた月がほのかにさしてくる。(「銀の匙」中勘助)
終の信託(朔立木)★★★☆☆
株式会社光文社 光文社文庫 初版第1刷 12年6月20日発行/12年07月2日読了
尊厳死、人は自ら死を選ぶ権利がある。とはいってもそれを人に委ねるとき現在の法律では簡単ではない。やはり綾乃の判断・行動は判例を読んだにしては軽率の誹りを免れないし、頼む方も人を殺人犯にする危険をもゆだねることになるので無責任。もう少し準備が必要だった。痙攣を止めるため致死量の薬の投与はあきらかにやり過ぎ。検事がやばいのがいかにもという感じで現実味がある。
震度0(横山秀夫)★★★★☆
朝日新聞社 朝日文庫 第2刷 08年5月10日発行/12年07月7日読了
阪神淡路大地震が起こった日、N県警本部の警務課長が失踪。ベースに地震被害の甚大さが徐々に分かってくる過程を背景にして、N県警本部の本部長室の震度はゼロを指した。キャリヤ官僚、ノンキャリアと県警幹部、そしてその家族がそれぞれの立場、野心、私心が交錯するなかで、情報の欠片を持ち合って開陳せず解決は遅々として進まない。警務部長が指示する死亡日時の改竄に一度は了解した各部長達が、自分を見つめ直し再度部長会議を開催しようとする。なかなか行き詰る一瞬です。
愛の領分(藤田宜永)★★★☆☆
株式会社文芸春秋社 文春文庫 第3刷 12年2月15日発行/12年07月10日読了
直木賞受賞作品。文章がコッテリとしている。淳蔵は若くして既に覚めていた。昌平のあとを追うように惹かれていく、とうことは好みが同じというわけか、それとも因縁か。「暗い空間が茫洋と広がっているだけである」、なんとなしに先の如何ともしがたいものの予感である。
彼女は存在しない(浦賀和弘)★★★☆☆
株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 第7版 12年6月10日発行/12年07月12日読了
文章は平易で飾り気がなく普段語。解離性同一性障害だけで読ませる。と、少し安易に考えていた。最後の逆転劇で「アレッ」と思い前に戻って読めばそのヒントを見過ごした。ちょっと吐き気を催す凄惨な箇所はあったが、やられました。
雪国(川端康成)★★★☆☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第143刷 10年1月30日発行/12年07月15日読了
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」と有名なフレーズで始まる雪国。高校生以来の再読であるが、「愛の領分」で盛んに出てきたので「島村の覚めた視線」が気になりもう一度読み直してみた。高校生には難しすぎたのではないだろうか。島村の無為徒食の生活は時間の好き勝手な設定に寄与するが、駒子の一途さを受け止めるでもなく、実は二重写しのように葉子に惹かれていく心模様と別れの感覚、断面図でしょうね。ジワジワときそうです。
影法師(百田尚樹)★★★☆☆
株式会社講談社 講談社文庫 第1刷 12年6月15日発行/12年07月17日読了
題名の影法師は、誰なのか最後にその意味が分かる。その意味でも付録のみねの独白は興をそがれる。もちろんその気はあったであろうが、それは副次的なもので主題ではない。
雨の日と月曜日は(上原隆)★★★☆☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 05年6月1日発行/12年07月19日読了
ルポルタージュ・コラムではなくエッセイ集。上原隆の人となりの一端が見える。挫折と卑下、ちょっと自己主張、というところか。
きいろいゾウ(西加奈子)★★★★☆
株式会社小学館 小学館文庫 第14刷 10年11月10日発行/12年07月23日読了
童話的で、登場人物が非現実的だが、ほのぼのとしたものを感じる。「ツマ:は少し足りないところがあるような女性(だから純粋というのだろうか)だし、小説だから書ける。挿話の「きいろいゾウ」の話はいい。
新・がん50人の勇気(柳田邦夫)★★★★☆
株式会社文芸春秋 文春文庫 第1刷 12年7月10日発行/12年07月24日読了
癌で倒れた著名人の最期の記録である。仕事を持っていた人は最後まで生き抜く意志をもって最後を迎えた。「たとえ世界が明日終わりであっても、私はリンゴの樹を植える」奥の深い言葉である。高校生の頃深夜ラジオを聴いていて、城辰也は1995年2月25日に63歳で亡くなっていた。ハナ肇、越路吹雪、芦田伸介、いかりや長介、本田美奈子、杉本春子、音羽伸子、みんなテレビで知っていた人達。それほど私も近づいたことになる。「時代を象徴する人物の死はその時代を画然と過去のものに押しやってしまう。そして、同じ時代を生きた自分も、残された人生に限りがあることを否応なしに意識しないではいられなくなる」まさに、一から始まって無限に一単位ずつ加えていくやり方で未来を生きてきたものが、あらかじめ未来へ区切った時点へ向かって一単位ずつ時間を消していくやり方に変わる。(「海を流れる河」石原吉郎)
ガン50人の勇気(柳田邦夫)★★★☆☆
株式会社文芸春秋 文春文庫 第5刷 97年7月25日発行/12年07月28日読了
1979年に発表された前作である。amazonで中古を探し読み始めた。さすがに30年以上前で知る人も少ないが、作家、宗教家、音楽家、企業家等それぞれにやるべきことをまだ持っている人達。最近は30年前とは癌の告知率、生還率も高くなっているが、やはり告知の問題は難しい。父の場合告知はしなかった。あとがきにもあったが、市井の名もない人達も同じというが、やはり会社を引退した人達の癌闘病とは趣が違うと思う。重松清の「その日の前に」を想う。
こんな日もあるさ(上原隆)★★★☆☆
株式会社文芸春秋 第1刷 12年7月25日発行/12年07月30日読了
上原節というのか、気負いも押し付けもなく、淡々とインタビューの内容を追っていく。人が十人いれば十の悲しみがあり、それぞれが違う形でつらいナーと想う。