小説の木々13年04月

 目黒川沿いに延々と立ち並ぶ桜の木々からは、ピンクの花弁がヒラヒラと舞い落ちている。普段はそこにあって当たり前とばかりに誰にも見向きもされない都会の中心を流れる川にも、春のこの時期だけは多くの人々が足を止める。清流とは言い難い水に浮かんだ花弁が、ゆっくりと流れてゆく。その花弁を追いかけるように、目の前を小さな女の子が走ってゆく。(「彼女の血が溶けてゆく」浦賀和宏)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

彼女の血が溶けてゆく(浦賀和宏)★★☆☆☆

株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 13年3月15日発行/13年04月01日読了

元妻の聡美が医療ミスで訴えられた。聡美は直に自らの医療ミスを認め、亡くなった愛の死を悼んでいる。元夫の銀次郎が元妻の無罪を信じて真相究明に乗り出す。なんだか説明文を読んでいるようで、味気ない。最後のどんでん返しのためだけに、退屈な350ページを費やしている。

幻想郵便局(堀川アサコ)★★★☆☆
株式会講談社 講談社文庫 第6刷 13年3月14日発行/13年04月03日読了

探し物が得意というアズサ。彼岸と此岸をつなぐ不思議な郵便局にアルバイトで勤め始めた。肩の凝らないファンタジーです。

血の冠(香納諒一)★★★☆☆

祥伝社 祥伝社文庫 第5刷 13年3月6日発行/13年04月06日読了

少年時代の連続殺人と旧防空壕への閉じ込めから26年、再びキングが現れた。警視庁捜査一課の風間は弘前中央署会計課の小松を指名し、26年前の関連捜査を始める。警察機構の裏側を背景に、強引なまでの二人だけの単独捜査は功を奏し、犯人をあげる。ただし、風間は犯人は一人ではないという。所詮登場人物の中に犯人がいて、最後のに仰天っする結末とすると自ずとその犯人は絞られるが、このもう一人の人物の存在は些か苦しい。

引かれ者でござい(志水辰夫)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 13年3月1日発行/13年04月08日読了

実にリラックスして書いている感じがする。特にこの股旅物は、志水辰夫らしくそう感じる。

残された山靴(佐瀬稔)★★★☆☆

株式会社山と渓谷社 ヤマケイ文庫 初版第1刷 10年11月15日発行/13年04月10日読了

凄まじいばかりの別世界、そこは常に死と隣り合わせ。8,000mを越える場所は既に人間の住むところではない。「死の危険のないところには行かない。生き残れるのは偶然しかないところにも行かない。死の危険はあるが、生き残れる可能性のあるところにだけ行く」それほどまでに山は人を魅了する。

掏摸(中村文則)★★★☆☆

株式会社河出書房新社 河出文庫 初版 13年4月20日発行/13年04月15日読了

「あの古びた塔が、なぜ町の遠くにいつもあるのか」この塔が幼い頃からの心の心象として象徴的に根付いている。これは絶対神としての運命の象徴か。圧倒的な悪の木崎に操られ、生死を支配される。それともその塔とは、辿り着くべき目標の地だったか。

家族ずっと(森浩美)★★★☆☆

株式会社双葉社 双葉文庫 第1刷 13年4月4日発行/13年04月16日読了

森浩美の家族短編シリーズが40万部突破とか。実に様々な、微妙な問題がどこにでも横たわっていると言える。欲を言えば各短編、ちょっと物足りない、今ひとつ捻りが欲しいところ。また、短編連作物も面白いと思うが。

花が咲く頃いた君と(豊島ミホ)★★★☆☆

株式会社双葉社 双葉文庫 第1刷 13年4月4日発行/13年04月17日読了

漫画家を志望しているゆえか、今風の少女言葉も多く、少女漫画のようなノリ。四季の4つの花を題材にした中編集。感想を一言で言えば切なさか。妙に惹かれるものがある。

稲穂の海(熊谷達也)★★★☆☆

株式会社文芸春秋 文春文庫 第1刷 13年4月10日発行/13年04月20日読了

しみじみといいですね。最初に読んだ「邂逅の森」がすばらしくそれ以来拾っているが、こうした作品も書くんですね。短編のそれぞれに人が生きているという感じ。

家族往来(森浩美)★★★★☆

株式会社双葉社 第1刷 13年1月20日発行/13年04月21日読了

「コロッケ泣いた」は以前2chで読んだ泣ける話。どちらが元かは知らないがどうでもいい。最後に光を残すのがこの家族物語の鉄則。この鉄則が物語を柔らかくし、同時に、物足りなさが残るのは私だけか。

十万分の一の偶然(松本清張)★★★☆☆

株式会社文芸春秋 文春文庫 新装版第1刷 09年12月10日発行/13年04月24日読了


読むものに困ったら松本清張。数十年前の作品なのに内容が現代でも通じる新しさがある。カメラを覗く非情さは攻められるべきかは、おそらく議論が嚙み合わない。しかし、多くの人がカメラ付き端末を持つ時代に一層現実味を帯びてくる古くて新しい問題でもある。

深重の海(津村陽)★★★★☆

株式会社集英社 集英社文庫 第1刷 12年11月25日発行/13年04月29日読了

軽い直木賞が多い中で、「邂逅の森」(熊谷達也)、「利休に尋ねよ」(山本兼一)に並ぶ重厚な作品である。明治初め、海外の捕鯨船による乱獲の中で、古式鯨漁が廃れていく。その中で鯨取りの漁師達が容赦なく打ち続く悲劇の中で生きていく。簀の子一枚下は地獄という海漁でその臨場感が凄まじい。読み進めるうちに、少しは救いをと思うのだが、最後まで容赦がない。方言も非常に読みにくいが、段々と味が出てくる。