小説の木々13年05月
目も綾な新緑にくまなくおおわれた盆地の底に、ニキビのようにぽつんと盛り上がった、晴れた日には日没まで影を寄せつけない小高い丘。そのてっぺんを華々しく飾り、数百年もの長きにわたって風雪に抗して区他、差し渡しが二メートルほどある、ケヤキの巨木。頂周辺の地表を荒々しく突き破っているごつい根と根の隙間にどっかと腰をおろし、見るからに頼もしい幹に背をもたせる。そして、自分の心根といちじるしく相反する温和な風土を全身で受け止める。(「我、涙してうずくまり」丸山健二)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
エバーグリーン(豊島ミホ)★★★☆☆
株式会社双葉社 双葉文庫 第1刷 09年3月15日発行/13年05月03日読了
一体十年後はどうやって落とすかと思っていたら、直球だった。何も小細工もなくそのまま。で、なんだったのか。そんな思いを抱きながら終わる。そんなものかも知れない。柴田翔の「十年の後」をもう一度読みたくなった。
檸檬のころ(豊島ミホ)★★★☆☆
株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 第6刷 08年7月25日発行/13年05月08日読了
普通の高校生の姿が、ドラマチックではなく描かれ、それでいてどこかほろ苦く。読後感はなかなかいい。
疑惑(松本清張)★★★☆☆
株式会社文芸春秋 文春文庫 第23刷 10年1月15日発行/13年05月10日読了
名前が不運な、確かにいかにもな二人/二題。「不運な名前」は松本清張お得意の歴史物だが読みづらく、机上の推理展開が主で落ちも釈然としないところがある。
空飛ぶ広報室(有川浩)★★★★☆
株式会社幻冬舎 第7刷 13年4月20日発行/13年05月11日読了
ちょっと緩めのところも感じられるが読ませる。現場ではなく、広報課というスタッフに着目した点も面白い。憲法改正論が喧しい昨今、考えさせられるところ。二人はこのあとどうなるのだろうか、落ち着くところに落ち着くのだろうナ、という予感。
あの日の僕にさよなら(平山瑞穂)★★★☆☆
株式会社新潮社 新潮文庫 初版 13年1月1日発行/13年05月14日読了
「どこかで道を間違えてしまったような気がしてならない。でもすでに、あまりに遠くまで歩いてきて、今さらどうしていいのかも分からない。引き返すっていったって、どこまで?引返したところで、やり直しがきくのかな」だから、そこからあらためて足を踏み出すしかない。みんなそれぞれ、何が良くて何が悪いのでもない。どこかで二又に分かれる選択は、2のn乗。前を見るしかないでしょう。
明日の空(貫井徳郎)★★☆☆☆
株式会社創元社 創元社文庫 初版 13年4月26日発行/13年05月16日読了
解説(青木千恵)にあるように「えっ!これが貫井作品?」と驚くかも知れない。まったく同感で、いつ展開が見られるかと思いきや、甘苦い青春物で、「小金井、アンディ、クロウ」の意外性も、ただ小賢しいだけにしかみえない。
白痴(坂口安吾)★★★☆☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第105刷 13年3月20日発行/13年05月20日読了
これが戦後直ぐの昭和21年に書かれた事、重版を重ね105刷であることにまず驚かされる。穢れようもない白痴の女性と、精神と肉欲の狭間で揺れ動く伊沢。何の希望もない奇妙な二人の生活は、明日の予感さえない。さあ、これでどうだ、とばかりにさらけ出す。
震える牛(相場英雄)★★★★☆
株式会社小学館 小学館文庫 初版第1刷 13年5月13日発行/13年05月23日読了
「幾度となく、経済的な事由が、国民の健康上の事由に優先された。秘密主義、情報公開の必要性に優先された。そして政府の役人は、道徳上や倫理上の意味合いではなく、財政上の、あるいは官僚的、政治的な意味合いを最重要視して行動していたようだ」まるで福島原発のことを言っているようだ。社会派警察小説としては読み応えのある。まるで「相棒」を観ているようだった。
スリープ(乾くるみ)★★☆☆☆
株式会社角川春樹事務所 ハルキ文庫 第1刷 12年5月18日発行/13年05月28日読了
タイムスリップのような期待があったが、ちょっと期待外れ。常識的にはここでネタバレはできないが、原子レベルからの再生技術も左程面白い発想でもなく、その動機も弱い。殺人に至ってはさらに意味不明。