小説の木々13年09月

  山桜の木が黒々とした影を落としている。いや、それは影ではない。燃え落ちた残骸。黒こげになった瓦礫の山。私は桜の木の前に佇んだまま、元の面影すらなくなったその荒涼たる風景を見渡す。煤けた嫌な臭いが漂っている。その中に死に至る臭いも混じっていそうで、思わず私は顔をしかめた。山桜の枝が風に揺れる。あのときも山桜の枝が揺れていた。炎に包まれている伯母の部屋を呆然とみていたあのときも。(「洗足の家」永井するみ)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

晴子情歌(下)(高村薫)★★★☆☆
株式会社新潮社 新潮文庫 初版 13年5月1日発行/13年9月04日読了

やっと読み終えた、正直疲れた。晴子が福澤家に来て、淳三との結婚生活で子を育て何を得たのか。流れるまま、恐ろしく生活感がない。晴子が100通もの手紙で息子彰之に何を伝えようとしたのだろうか。孤独か、一度読んだだけでは分からないかもしれない。やっぱりこうなったら次は「新リア王」か。

死神の浮力(伊坂幸太郎)★★★☆☆
株式会社文藝春秋 第1刷 13年7月30日発行/13年9月10日読了

千葉再登場、長編というのがいい。いつもながら、仕事に真面目で、音楽好きで、的が外れた会話といい千葉のキャラクターが絶妙。ただ長編にしては中弛みが気になる。

死の臓器(麻野涼)★★★☆☆
株式会社文芸社 文芸社文庫 初版第1刷 13年2月15日発行/13年9月11日読了

甘いものに群がるように、利権に群がる亡者はいつの世でも同じか。それにしても人工透析を受ける人の数の多さと苦しみ、それに反比例するような腎臓ドナー。病む人を救うという本来の医療の目的から逸脱し、人工透析が生み出す利益に群がる蟻達に理不尽さを覚えるが、残念ながら、いかにも有りそうな現象であり、想像に難くない。

慟哭の家(江上剛)★★★☆☆
株式会社ポプラ社 第1刷 13年2月13日発行/13年9月15日読了

テーマはひたすら重い。ただし、死刑判決が出るとは考えられない状況で、死刑判決を望む押川の身勝手さはイラつく。45歳以上の高年齢出産では、30人に1人の割合でダウン症児を出産するという数字を見て驚愕。社会で支えるとか天使の微笑みとか言ってもできれば避けて通りたいのも事実。最近話題の出産前診断も倫理上の問題は消えないが、責めることもできない。文章は練れてないが、考えさせられる。

望郷の道(上)(北方謙三)★★★★☆
株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 13年5月15日発行/13年9月15日読了

任侠と経営と二つの顔を持つ正太のまっすぐな生き方にひきつけられる。少しできすぎの嫌いはある。しかし、物語としては面白い。家も財産も捨て正太を追って台湾に渡るルイの健気さがまたいい。

望郷の道(下)(北方謙三)★★★★☆
株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 13年5月15日発行/13年9月16日読了

商売で成功する人は、もちろん運もあろうが、共通するものがある。物品は異なるが、石油で同じように成功を収めた「海賊とよばれた男」(百田尚樹)と非常に良く似た物語である。いろいろ言えるが単純にその頑張りに拍手でしょうね。正太とルイは終に九州に戻ることができ、ホッとする。

隣人(永井するみ)★★★☆☆
株式会社双葉社 双葉文庫 第3刷 13年8月29日発行/13年9月18日読了

「伴走者」は夫の浮気のたびに殺人まで犯すのはチョット無理。「風の墓」は殺人の動機と計画性が曖昧で消化不良。最後の「雪模様」のように、殺人まで起こさず、心理的なサスペンスのほうがいい。また、どうせ殺人を犯すなら、「洗足池」のような完全犯罪がいい。

隣の女(向田邦子)★★★☆☆
株式会社文藝春秋 文春文庫 第7刷 12年2月25日発行/13年9月20日読了

みんな駄目で真面目でどうしようもない男が描かれている。これに対してしっかり一生懸命な、決して勝ち組にはなれない女が出てくる。男を追ってニューヨークに行ってしまう女がいて、家に戻ったときそれを許す夫がいる。それでも日常は流れていく感じ。

花の鎖(湊かなえ)★★★☆☆
株式会社文藝春秋 文春文庫 第1刷 13年9月10日発行/13年9月23日読了

美雪、紗月、梨花の三人の女性「雪月花」。物語は3人が梅香堂のキンツバを1本の線にしてそれぞれの人生を生きていく。さすがに途中から見えてくるが、このトリックがすべて。贖罪はあまりに自己都合で自分勝手だった。

そして父になる(是枝裕和、佐野晶)★★★★☆
株式会社宝島社 宝島者文庫 第1刷 13年9月19日発行/13年9月26日読了

どうも映画の役者のイメージが付きまとう。血か情か。まだ物の分別がつかない乳飲み子の頃ならばまだしも、小学校に上がるくらいだと、一概に言えない。子供は何も悪くない。人の心を苦しめる看護士の一時の悪意は時効をといえども人道的にも決して許されるものではない。ここでは、同時に父の再生の物語でもある。

ねじれた絆(奥野修司)★★★★☆
株式会社文藝春秋 文春文庫 第3刷 13年8月20日発行/13年9月30日読了

赤ちゃん取り違え事件の発覚、交換、裁判、その後まで丁寧に25年間を追った実話。血か情か。双方とも二人とも引き取り育てたい気持ちが本音だろう。この事例は沖縄という社会環境、双方の経済状態、家庭環境でのひとつの例でしかなく、いずれの結論にしても、むしろその後が問題。時間が解決するだけでもなく、この問題に正解はなさそう。