小説の木々14年10月
小兵衛の声にふと見上げると、いつの間にか赤い花を散らした椿の森だった。樹の丈が高すぎて、新太の目には満開の花が目に入らなかったのだ。椿が大木になることを、新太は知らなかった。石段の頂に、小体なな茅葺の山門があった。くぐった先は一面の椿の庭だった。みっしりと土を被う苔の上のそこかしこに、真紅の花が散り敷いていた。「新太郎様」自分の名前だ。答えられずに唇を噛むと、満天の赤い花が涙でにじんだ母はきっと、椿の森に佇んで見送っているだろう。いつしか風は止み、西日があかあかと山道を照らしていた。椿の森が雑木林に変わるあたりで、新太は足元に落ちた大輪の花を、そっと懐に入れた。(「椿寺まで」浅田次郎)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
ナンバー(相場英雄)★★★☆☆
株式会社双葉社 双葉庫 第1刷 14年9月14日発行/14年10月1日読了
警視庁捜査二課の経済犯を扱うのは珍しく新鮮さを感じる。第一話「保秘」と第二話「十二桜」の構成が同じなのが興ざめ。人情物の味覚もあり、じっくり書くと面白いと思う。
山女日記(湊かなえ)★★★☆☆
株式会社幻冬舎 第1刷 14年7月10日発行/14年10月3日読了
山の物語は楽しい。少し登山の表現が軽すぎないか。ほとんどが初心者であるが、結構楽に登っている。もう少し危険もあるし、こんなに楽ではないと思うが。
Nのために(湊かなえ)★★☆☆☆
株式会社河出書房新社 河出文庫 第6刷 14年8月19日発行/14年10月9日読了
読みにくい本だった。「究極の愛とは罪の共有だ」とあるが、みんながそれぞれのNのために何かをする。もちろんそれを知らすわけでも見返りを期待するでもなく。
フォルトゥナの瞳(百田尚樹)★★★☆☆
株式会社河出書房新社 河出文庫 第6刷 14年8月19日発行/14年10月10日読了
面白かったが絶賛するほどでもない。葵は同じ「目」を持つ人間であることは容易に想像できるし、結末も想像でき、簡単な構造。むしろファンタジーなのかも。
えんじ色心中(真梨幸子)★★★☆☆
株式会社講談社 講談社文庫 第1刷 14年9月12日発行/14年10月18日読了
いつものえげつなさはあまりない、と思ったら作者2作目の小説。受験戦争の閉塞感とそれを逃れるわずかな隙間。その隙間が成人になっても見えてしまった。
世界から猫が消えたなら(河村元気)★★☆☆☆
株式会社小学館 小学館文庫 初版第1刷 14年9月23日発行/14年10月29日読了
人情ものかも知れないが、あるいはファンタジーかも知れないが、想定場面が安易過ぎ、軽すぎる。言わんとすることは分かるが、一言でいえばクサイ、直接的過ぎるのかな。作中の映画の箴言はなかなかいいが。
はぶらし(近藤史恵)★★☆☆☆
株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 14年10月10日発行/14年10月30日読了
イライラするのは作者の術中に嵌ったのだろうが、それは想定内で、だからどう終わるのか興味を持って読み進んでいったが、最後は期待外れ。好い子振り過ぎじゃないですか。もっと厭らしさを徹底するべき。
東京プリズン(赤坂真理)★★★☆☆
株式会社河出書房新社 河出文庫 第6刷 14年8月19日発行/14年10月31日読了
533ページで厚いこともあるが読みにくくて随分時間をかけてしまった。16歳の少女がアメリカで天皇の戦争責任をディベートする最終章はなかな面白いがそこまでの精神的な葛藤、幻想はここまで必要だったかと思う。討論としてのディベート自身はなかなか有効な手法で教育にも取り入れてみたいが、テクニックに走る嫌いがあり、あるいは誹謗中傷にも使われかねないので裁判長役が大事だし使い方は注意。日本史に現代史がないのがおかしいとは常々思ったことである。