小説の木々15年08月
そんなある日、ケヤキ並木の砂利道を大八車を引いて修練所へと戻っている最中、背後に風を切るような甲高い音を聞き、つづいて突然バリバリ、という豆がはじけるような音がした。ぼくらは、反射的に通りの端に自分の体を飛ばしていた。土の上に伏して、はっ、と見上げると、すぐ頭の上を一機の飛行機が機関銃を掃射しながら通り過ぎていく。・・ぼくらの上を通過すると、機体は上昇し、みるみる内に小さくなって、やがて消えた。何事もなかったように風が麦の穂を揺らした。立ち上がってみると、若いケヤキの木の幹に数発の弾痕が残されており、ぼくのみている前で、めり、めり、めり、と裂けた。(「その日東京駅発五時二十五分発」西川美和)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
その日東京駅五時二十五分発(西川美和)★★★☆☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 15年1月1日発行/15年08月05日読了
たった三月で一発の弾も打たなかった兵隊生活。一般人より早く終戦を知り国に帰される通信兵。言われるままに何も考えずに生きてきた。まだ終戦を知らない人達の中で疎外感を感じながら列車は進み、故郷は、三月前とはまったく姿を変え焦土となっていた。それでもツクツクホウシの鳴き声に、また、火事場泥棒をする姉妹に、それでも未来へと時は流れていく逞しさのようなものを感じる。
あした咲く蕾(朱川湊人)★★★☆☆
株式会社文藝春秋 文春文庫 第2刷 12年10月25日発行/15年08月06日読了
この作家お得意の超常現象を使ってのおとぎ話、ほんのりと癒し系。また、昭和の下町風の人情ものもある。不器用だが、善意で成り立っている人と人との関係がよく見える。
きのうの神様(西川美和)★★★☆☆
株式会社ポプラ社 ポプラ文庫 第1刷 14年8月5日発行/15年08月07日読了
「1986年のホタル」りつ子が一之瀬の姉の写真を見つけるが、そこで終り?連作かと思いきや、まったく別々の医者もの。僻地医療で、死ぬ薬打ってと迫られる新米医の「ありの行列」。大きな象に乗るノミの気分で夫を愛した「ノミの愛情」、医者の父を持つ兄弟がそれぞれに自立していく「ディア・ドクター」、交代する僻地臨床医の「満月の代弁者」。それぞれに微妙な心模様を表現する。直木賞にはいささか寸足らず。
魚のように(中脇初枝)★★★☆☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 15年08月01日発行/15年08月09日読了
読みながら鷺沢萠かと思った。17歳の時の坊ちゃん文学賞受賞作品だとか。自己に忠実なのか偽りなのか。きらきらするようで痛々しく、ヒリヒリするような感じである。
君の隣に(本多孝好)★★★☆☆
株式会社講談社 第1刷 15年6月10日発行/15年08月12日読了
それぞれが店に関わる章はそれぞれに興味深い。私刑は守るべき12歳に罪を犯させるのが疑問。またそれを少しも引きずっていないのもどうかな。そうしてみると失踪は仲間を信用できず独断で罪作りである。
世界の果てのこどもたち(中脇初枝)★★★☆☆
株式会社講談社 第1刷 15年6月17日発行/15年08月17日読了
戦争に翻弄された日中韓の少女たちの物語で終戦記念日に読むことになったのは時宜を得たものとなったが、それなりに悲惨なものではあるがどうもオトメチックな感がぬぐえない。時間が掛かろうが民族的蔑視、怨嗟はなくしていかなければならない。
さい果て(津村節子)★★★☆☆
株式会社文藝春秋 文春文庫 第3刷 11年11月15日発行/15年08月21日読了
お前だけだと言いながら我慢ができず我儘な夫。小説家を夢見て、機嫌が悪いと当たり散らす夫。臨月なのに妻を一人残し旅へ出てしまう夫。それでも行商を続ける夫に北海道まで付き従って行く春子。冷静に夫を分析する反面、偏向的な夫の趣味にさえ嫉妬を覚える春子。ただ穏やかな家庭生活を夢見、やっと授かった女児が冷たいと半狂乱になる春子。夫婦愛の微妙な心理描写が見える夫婦の形。
ちょうちんそで(江國香織)★★★☆☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 15年6月1日発行/15年08月24日読了
読み始めの各小話からは各人の繋がりが分からない。それが徐々に煮詰まって行き、雛子を中心とした人間関係が浮かび上がってくる。「父親も母親も、最初の夫も二人目の夫も、去って行ったり、雛子の方から去ったりした昔の恋人たちも、妹も。」今は別れた夫が世話してくれた介護マンションに架空の妹、記憶と一緒に住んでいる。まるで世捨て人のように。
飢餓海峡(上)(水上勉)★★★★☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第31刷 14年07月10日発行/15年08月27日読了
戦後の混乱期に起きた青函連絡船遭難事故と北幌質屋強盗殺人事件。具体的な証拠は出てこずほとんどが聴取による推定捜査で、執念の捜査も実らず迷宮入りとなった。10年後、八重がお礼をと考えたことが思わぬ展開となった。近づいては逃げるようなもどかしい駆け引きにどんどん惹きつけられた。ただし、海難事故で全ての遺体が収容できるは疑問、行方不明者がいてもいいが。
飢餓海峡(下)(水上勉)★★★★☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第30版 14年07月20日発行/15年08月28日読了
男の最後の独白は真実と思ってよいと思う。また、質屋殺しも海峡の殺しも何一つ物証はなく、自白しか証明するものはない。そうであれば過去を隠すためとはいえ、軽々に殺人を犯してしまったのが解せない。警察も護送の途中死なれるのは間抜けな失態。しかし、前後半を一気読みで読み進めたが、面白かった。最後まで東京の八重をたずねてきたもう一人の男は分からずじまいだった。