小説の木々15年09月
そんなある日、ケヤキ並木の砂利道を大八車を引いて修練所へと戻っている最中、背後に風を切るような甲高い音を聞き、つづいて突然バリバリ、という豆がはじけるような音がした。ぼくらは、反射的に通りの端に自分の体を飛ばしていた。土の上に伏して、はっ、と見上げると、すぐ頭の上を一機の飛行機が機関銃を掃射しながら通り過ぎていく。・・ぼくらの上を通過すると、機体は上昇し、みるみる内に小さくなって、やがて消えた。何事もなかったように風が麦の穂を揺らした。立ち上がってみると、若いケヤキの木の幹に数発の弾痕が残されており、ぼくのみている前で、めり、めり、めり、と裂けた。(「その日東京駅発五時二十五分発」西川美和)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
あなたが消えた夜に(中村文則)★★☆☆☆
毎日出版社 第3刷 15年6月20日発行/15年09月08日読了
帯では絶賛していたが、徒に話を複雑にして分かりにくい。中島の過去、小橋のお惚けは一体づ関係するのか。しかも、この二人が一番事件の本質に近づくが、そもそもこの二人は主人公ですらない。一体主人公は洗脳されためぐみなのか、共依存症の吉高か。推理小説より心理小説。どうも的が絞れてなく発散して行く。
箱庭旅団(朱川湊人)★★★☆☆
株式会社PHP研究所 PHP文藝文庫 第1版第1刷 15年7月23日発行/15年09月12日読了
箱庭療法から不思議世界に旅立った少年がみる様々な人達の思い。最後の小話で、バラバラの小話を締め括ってくれてホッとした。個々の小話はそれほど面白くない。これがないとまるでさほど面白くない小話集になってしまう。更にたびを続けるがどこで家に帰ることになるのだろうか。
雨やどり(半村良)★★★☆☆
株式会社集英社 集英社文庫 第8刷 07年3月2日発行/15年09月15日読了
直木賞作品を含む短編集。この作家のジャンルが伝記SF、人情物とあるとはいえ、最初の「おさせ伝説」の不思議物語は、この本に異質で入れてないほうが良かった。昔からの新宿の飲み屋仲間の店の視点で書かれているが、読み手は客の視点で読む。通った場所は違うが、懐かしささえ覚える。ただ店仲間のドタバタが過ぎて、もっとしっとり書けないかなと思う。
雁の寺(水上勉)★★★★☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第67刷 14年12月20日発行/15年09月17日読了
ともに肉体的劣等感のある小坊主慈念、竹細工師喜助の鬱屈した孤独な情念が、息を詰めるような雰囲気を醸し出す。哀れでもあるが、思いつめた気持ちが伝わる。
白い遠景(吉村昭)★★★☆☆
株式会社講談社 講談社文庫 第1刷 15年3月13日発行/15年09月27日読了
久し振りの随筆集である。「終戦後の数か月間は、太陽も、空も、道も、焼跡もすべて白っぽかったような記憶がある」という文章は実にそのままの終戦風景を思い起こさせる。既に読んだ作品の制作過程も垣間見えて、興味深い。「行列」の観念は我が身にも返ってくる。
時の渚(笹本稜平)★☆☆☆☆
株式会社文藝春秋 文春文庫 第19刷 14年10月20日発行/15年09月28日読了
途中から嫌な予感がした。かって読んだ「未踏峰」と同じ。普通なら胡散臭い私立探偵に、逢う人が皆善意の人ばりで、安易で楽観的過ぎ、まったく非現実的。その上ポンポンと40年前の過去が出てくる。極めつけはラスト。これはやり過ぎ、作り過ぎで興覚め。もう読むまい。
超高速!参勤交代(土橋章宏)★★☆☆☆
株式会社講談社 講談社文庫 第4刷 15年06月01日発行/15年09月29日読了
もう単純なドタバタ劇。特に後半は何も言うこともなし。一日60kmで4日も利根川渡しも嘘っぽい。江戸城の戦いも、こんなのあり?と思わせる。