小説の木々15年10月
珠生が五年ぶりに実家に戻った日、庭の千島桜がいくつか咲き始めていた。爆撃で失った家を再建する際に、父が泣きながら植えていた樹だ。太平洋戦史が根室の町に残した傷跡も、復興の名の下に薄れつつある。歳月は十五年ぶん木々の年輪を増やしたが、同時に人と人のあいだにも細かい溝を刻んでいる。日本でいちばん遅い桜も、一週間ほどで満開になる。五月の風は冷たいが、北の桜は葉陰で咲くのでしぶとく花弁を持ち続ける。(「霧ウラル」桜木紫乃)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
霧(ウラル)(桜木紫乃)★★★★☆
株式会社小学館 初版第1刷 15年09月29日発行/15年10月02日読了
納沙布岬、野付半島の暗い鬱屈した風景と、根室の街を領する利権、欲望。三姉妹がそれぞれに行き方を手探りしてそれなりに強さを発揮して行動するのが興味深く、ひたひたと地を這うような押さえた文章がいい。いつか映画化しないかな、主演女優は誰にしようか。
母性(湊かなえ)★★★☆☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 15年07月01日発行/15年10月03日読了
帯にある事故/自殺/殺人の言葉は的外れ。「私」であるルミ子、「わたし」である清佳、火事で亡くなった祖母の母と娘の相互依存と鏡映。イヤミスの匂いが立ち込め、不愉快さに襲われる。終章はめでたし、ハッピーエンド風であるが、もう一つ暗黒の終章の方が良かった。
やわらかな棘(朝比奈あすか)★★★☆☆
株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 14年02月10日発行/15年10月04日読了
表向きの顔には裏の顔があった。人生それぞれ、人もそれぞれ。一つのエピソードが次のエピソードに繋がりる。もう一歩深くは踏み込めない他人の心の中。寂しくもあり逞しさもあり切あい。
聖母(秋吉理香子)★★★☆☆
株式会社双葉社 第1刷 14年02月20日発行/15年10月05日読了
ウーン、こう来るか、と思わせたミスリード。幼児連続殺人は忌むべき行為であるが、幼児が見せる悪意には素直になれない所もある。この後、現場の偽装工作はばれないのか、犯行のアリバイ検証がどうなるか、二人の刑事を騙しとおせるのか疑問。果たしてこのままで済むか結論は知りたくない気がする。
空より高く(重松清)★★☆☆☆
株式会社中央公論社 中公文庫 初版 15年09月25日発行/15年10月07日読了
表紙カバーの写真が違っていたので間違って購入、それでも再読。最近の傾向で、こうした熱血青春物は、書く方も読む方も気恥ずかしく、コミカルに描くしかないようだ。昔みたいにもう少しシリアスに描いて欲しいところ。徐々に読む気もなくなりそうだ。
花のさくら通り(荻原浩)★★☆☆☆
株式会社集英社 集英社文庫 第1刷 14年02月25日発行/15年10月10日読了
作者が勝手に一人で受けていて騒いでいる様子。ラストのお祭りは大騒ぎだが長続きするのか少々心配。ドタバタ喜劇にして550ページは辛い。
罪の余白(芦沢央)★★★☆☆
株式会社KAKDOKAWA 角川文庫 再版 15年06月29日発行/15年10月11日読了
いじめはあったが直接の事故は手を下していない。娘のことを忘れさせないと父は罠を仕掛ける。単純に罠に掛かるかは疑問。仲間外れを極端に恐れ、拒否できない心境がすべてで、事故の要因。同僚の早苗の立ち位置が場違いで、ここまでキャラを外す意味が分からない。
隠蔽病棟(麻野涼)★★☆☆☆
株式会社文芸社 文芸社文庫 初版第1刷 15年08月15日発行/15年10月16日読了
タイトルと内容が違い過ぎる。医療過誤が中心というよりブラジルのジェネリック薬品騒動が主体となって、これでは隠蔽は添え物である。また、隠蔽の逆転劇は都合が良すぎる。ブラジルの貧困層の悲惨な売春とエイズ状況の方が迫るものがある。
生還者(下村敦史)★★★☆☆
株式会社講談社 第3刷 15年09月03日発行/15年10月18日読了
サバイバーズ・ギルトとは初めて聞く言葉。それにしても心無く右に左に振れるネット誹謗は腹立たしい。前半に謎をばら撒きまくり、カンチェンジュンガに行ってから次々と謎が解かれていく。山岳ミステリーは死と隣り合わせの緊迫感もあり面白い。ただし、いくつか疑問点が残り、少々興覚め。①恵利奈はそれなりに山の経験もあるが、カンチに行くほどの力量があるとは思えない。冬季富士山に単独で登っているが、冬季にしてはの天候が良すぎる。また、一泊のテント泊で高所順応ができるとは思えないし、トレーニングをしているようには見えない。②高瀬が既にネパールに飛んだと聞いてから、後を追ってグンサ村で追いつくが、都合が良すぎる。金、休暇、諸手続きは。③雪崩にあって増田はザックを紛失した筈。現にスコップ、ビーコン、テントも紛失している。だがこれ以降困っていない。シュラフは恵利奈が二人分持っていたのだろうが。④予備のビーコンはいいとして、高瀬は恵利奈を掘り起こすときスコップを2本持っていた。⑤加賀谷が、国内ならいざ知らず不適切な装備で現れた時点で常識的に同行させない筈。また、装備が変わって追いついた加賀谷について同行者たちは何も言っていない。
悪いものが、来ませんように(芦沢央)★★★☆☆
株式会社角川書店 初版 13年08月25日発行/15年10月20日読了
前半のミスリードは「聖母」で経験していたのでそれ程驚きはなかった。(最もこちらの方が初版は早い)共依存ではないと言っているが、友達親子はベタベタの共依存症ではないか。犯行も偽装も親ならばあり得る。
声を聴かせて(朝比奈あすか)★★★☆☆
株式会社光文社 光文社文庫 初版第1刷 14年01月20日発行/15年10月22日読了
AMAZONの読者コメントにこれから子供を持つ母親には読ませたくないというのがあった。我が子いじめがあり心穏やかではないが、子供を持つ前に読ませた方がいいのではないかと思う。母親と子供の間の微妙な
心の揺れ。親心と子供心のヤジロベイにも似た危うい揺れが徐々に治まって行く様は切なく、揺さぶられる。
今だけの子(芦沢央)★★★☆☆
株式会社東京創元社 初版 14年07月31日発行/15年10月24日読了
ちょっとした誤解、心変わり、思い違い。推測から誤解が生まれ、危うく関係が修復できなくなる。良くある話ではあるが、女性間の友情が、誤解と危うさの中でズタズタになりそうになり不快感を煽る。本編では最後に救っている。
恋と蛍(松本侑子)★★★★☆
株式会社光文社 光文社文庫 初版第1刷 12年05月20日発行/15年10月28日読了
心中した山崎富栄のことは良く知らなかった。太宰の自堕落で見栄張りなところはそのままで、本編では太宰は女誑しでも根っからの女好きでもないと言っているが、多少弁護してもやはり女誑しの行状そのものである。今でも多くの読者を引き付ける少しワルなところに引かれる気持ちも分からないではないが、富栄は女学生のごとく一途で乙女チック過ぎる。太宰の死後の井伏鱒二、亀井勝一郎の殺人説は大人げない。
なきむし姫(重松清)★★☆☆☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 15年07月01日発行/15年10月29日読了
この類のホームコメディは大体一緒。登場人物が単純、幼稚でいい人ばかりで、ペーソスも感じられない。そもそも読者層をどのあたりにした物語なのだろうか。なんだか一人悦に入り、自己満足で書いているような気もする。