小説の木々16年04月
外は灰色のビル街。窓の下に、場違いのように桜の大木があった。蕾がほころんでいる様子がここからでも分かる。四方に伸びた枝に蕾が密集し、桜木全体に盛り上がるような量感がある。あの日の朝、桜子と一緒に玄関を出たとき、我が家の桜の枝はまだ裸だった。人の身に何が起ころうと、自然の営みが留まることはない。少しずつ季節が移ろっている。(「午後二時の証言者たち」天野節子)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
母さんごめん、もう無理だ(朝日新聞社会部) ★★★☆☆
株式会社幻冬舎 第2刷 16年03月15日発行/16年04月02日読了
傍聴席からの記事を集めたノンフィクション。感情移入、私見もなくただ淡々と裁判のポイントを綴る。おもしろくはないが、転落の瞬間が分かる。老老介護の果ての親殺しなどは身に詰まされる。
象の墓場(楡周平) ★★★☆☆
株式会社光文社 光文社文庫 初版第1刷 16年03月20日発行/16年04月03日読了
世界的優良企業であったコダックが写真技術のデジタル化の波で経営破綻。予測していたにもかかわらず、従来の柵、成功体験から、新しい技術の凄まじいスピードに抗うこともできなかった。フィルムが無くなれば現像/焼付/印刷もなくなり、ビジネスモデルが一変したというより瓦解した。極めて恐ろしい世界であり、次は何かと問うほどこれからも起こりうる世界である。多くの社員が路頭に迷っただろうことは想像に難くないが、その部分が書かれていないのが物足りない。結果、ノンフィクションのような本になってしまって、物語としては今一つである。
教場2(長岡弘樹) ★★★☆☆
株式会社小学館 初版第1刷 16年02月28日発行/16年04月05日読了
事件というより校内のトラブル、個人的な資質に関することばかり。ただ、些細な行動、視線、内面の変化等の異常を見逃さず、冷徹に観察し矯正する鬼教官がいた。退校届けを預けるのも最後のチャンスというより指導の一環でできる期待するから敢えてする親心。
午後二時の証言者たち(天野節子) ★★★★☆
株式会社幻冬舎 第1刷 16年01月25日発行/16年04月07日読了
何といっても悪いのはドラ息子だが、外科医も主婦も意図せず巻き込まれてしまう。では巧妙な犯罪隠しに一人の母親はどう対すれば良かったのか。最初から死ぬ気でいるのでそこまでの間なので、まったくの偽名も使わない。読者をミスリードしようとするものの登場人物、動機の点から犯人は早い時期に容易に判明するが、警察が迫る中で、息詰まる展開が楽しめた。
共震(相場英雄) ★★★☆☆
株式会社小学館 小学館文庫 初版第1刷 16年03月13日発行/16年04月 日読了
そのまま大震災のドキュメンタリールポとしてもいいくらい、東北を語る。ただ、こうした中にも悪は忍び寄る。「少し行った先、海岸へと向かう道には、くっきりと生死の境界線が引かれていた。釜石駅前にあるロータリーの、津波が到達した地点の向こう側へと分け入る寸前、両側にうづ高く積まれたがれきに圧倒され、その暗色にすべての色を失うことを覚悟したとき、目に飛び込んできたのは、その傍らに咲く桜のピンクだった。桜の班は見る者の感情を、そのまま映すという。場違いに咲く桜の花に、一片の希望も見つけられなかったらと怖くなり、目をそらそうとしたができなかった」(松本大介)
音のない花火(砂田麻美) ★★★☆☆
株式会社ポプラ社 第1刷 11年09月15日発行/16年04月 日読了
私は父の死亡届を出し、父は私の出生届を出し、30年の時を超え、同じ坂道を上っていた。防音窓を通して観る音の聞こえない花火は、すぐそこに迫っている父の死、その欠如感の予感だっただろうか。大阪の社屋ビルで窓ガラス越しに花火を観たことがある。花火を見上げるのではなく同じ高さかやや眼下に見え、やはり音は聞こえない。一見花火が開く華やかさはあるが、なんとも物足りない空虚感をを覚えたものである。
母さんのコロッケ(喜多川泰) ★★☆☆☆
大和書房 第4刷 15年10月05日発行/16年04月16日読了
倫理の教科書のようで少々鼻に着く。生まれた子供の希望的純真無垢さは理解するが、これでは子供がない人はどうすれば良いのか。何故秀平だけがファンタジーなキャンディで過去を知る必要があったのか、他の人も分からなければ、話が一方的に偏っている。子供の頃嫌いだったコロッケをまた食べてみたくなったのは、単に味覚だけではない人の世の重さをただ味わいたいと思ったのか、とって付けたようでコロッケに重みがない。
6月31日の同窓会(真梨幸子) ★★☆☆☆
株式会社実業之日本社 初版第1刷 16年02月10日発行/16年04月25日読了
この地区には異常者ばかりかと思わせるほど、短期間の連鎖的な事件事故の連続で少々無理がある。一応名門と言われ憧れるような学校が、実は問題児の矯正場所とは思わなかったが、人間関係が徒に複雑で、結局6月31日の同窓会の「お仕置き」は何なのか最後まで分からない。
旅をする木(星野道夫) ★★★★☆
株式会社文藝春秋 文春文庫 第30刷 15年02月05日発行/16年04月20日読了
久し振りにいい本に巡り合った、というような読後感である。アラスカの自然に魅せられて、アラスカに永住した作者が、自然に対し、人に対して感じる優しさを、しみじみと味わえる。