小説の木々16年10月
新大橋を渡って御籾蔵沿いの路を分け入ると、もう佐和山道場のある深堀河内守の屋敷に聳える白樫の大木が目に入ってくる。樹齢百年を超えるというから、深川の土地が埋め立てられてほどなく、緑といえば未だ疎らな草しかなかった頃から根を下ろしたのだろう。豊かに張った梢の白い葉裏が四月の陽を照り返し、澄み渡った空を背景にして、浜風に合わせるように明滅を繰り返す。(「白樫の樹の下で」青山文平)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
侵蝕 (櫛木理宇) ★★★☆☆
株式会社KADOKAWA 角川ホラー文庫 初版 16年06月25日発行/16年10月01日読了
計画的に女子供の、あるいはそれに近い家庭に入り込み、信頼を得て、家族同士を敵対させ、ジワジワと家庭を壊していく。実に巧妙な手口である。今回も完璧に行く筈だった。だが、今までと違たゆえにどこかからか狂いが出てきた。まったく不自然ではなく、周りに不信感を持たれることなく、こうした状況が進むところが恐怖であり、下手な人情を持たなければうまくいったのにと悔やまれる。
氷の轍(桜木紫乃) ★★★☆☆
株式会社小学館 初版第1刷 16年10月02日発行/16年10月07日読了
白秋の詩がBGMで流れる。老い先短い生を見つめ、昔の後悔を埋めようとする善意が、おせっかいであった。悪意ある動機ではないので、この犯行動機は他人には分からないのに、なぜ自供したのか。出てくる女性が皆淡々と逞しかった。
白樫の樹の下で(青山文平)★★★☆☆
株式会社文藝春秋 第1刷 11年06月25日発行/16年10月11日読了
幼い頃から佐和山道場でともに剣の道に励んできた三人の貧しい若武者が、それぞれの人生をそれぞれに進み、あるいは倒れ壊れていった。常は竹光を持つ登が訳あって一口の刀を腰に差した時から異なる道に踏み込んでいく。佳絵の最後はあっさりし過ぎでもっと書かれていてもよかった。
明日の食卓(椰月美智子) ★★★☆☆
株式会社KADOKAWA 再版 16年09月25日発行/16年10月13日読了
同姓同名の3人の石橋ユウという凝った想定で、読み始めの幸福感から、子供の存在そのもので徐々に崩れていく。どの家庭も手が付けられず、読み進むのも辛くなり、一体どの家庭で事件が起こるのか、どう決着をつけるのかと思わせる。最後に逃げられた感じで、それはないよと、落ちが気を殺ぐ形となり落胆した。
株式会社タイムカプセル社 (喜多川奏) ★★★☆☆
株式会社ディスカバー・トゥエンティワン 第3刷 15年12月05日発行/16年10月16日読了
十年後の自分宛ての手紙、つまりタイムカプセル。発想は面白いのだが、やはり無理がある。徹底的に追及する調査部、手渡すタイミング、なにより善意を前提にしているところ。5通もあればすべてハッピーエンドは嘘くさく、ネガティブな状況もあってもいいのではと思う。
書斎の鍵(喜多川奏)★★★☆☆
株式会社現代書林 第4刷 16年01月08日発行/16年10月18日読了
読書を愛する気持ちは分かるが、ここまでいうほど読書にその力があるとは思わない。徐々に押しつけがましくなり、そもそも、「何かのために、誰かのために」本を読むというのが可笑しい。多くの教訓めいた言葉を羅列するが、大上段に構えずもっと謙虚に話したらどうか。ただ、1,400冊の蔵書をもつと、さて売るか、寄贈するかと悩み、書斎は確かに一番いい解だろうと思
疫病神(黒川博行) ★★★☆☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第21刷 15年05月25日発行/16年10月20日読了
産業廃棄物処理事業に絡む建設業者、地上げ屋、不動産屋、ヤクザがからむハードボイルド物。事案的には面白いがアクションばかりで、TVドラマのよう。お互いを疫病神と思う二人の関係は、なんとなく筋を通していている。ただし、社会正義に訴えるものではない。
約定(青山文平) ★★★★☆
株式会社新潮社 第2刷 16年02月05日発行/16年10月22日読了
それほど重要な役割を果たすわけではないが、それぞれの短編に名刀ではないがそれぞれ一口の刀が出てくる。それがすでに太平の世となった武士の生き様を暗に象徴するようでもある。活劇でもなく、普通の武士の生き様に苦しみ悩み、もがく姿が好もしい。
陸王(池井戸潤) ★★★☆☆
株式会社集英社 第3刷 16年08月30日発行/16年10月25日読了
郵政選挙の小泉流、もしくは都知事選の小池流。分かり易い明確な敵を提示し、それに対抗していく姿を見せる構図である。この構図は下町ロケットと全く同様。そうはいっても、話は面白いからいずれTVドラマになるだろうが、単純な同一構図ではその内飽きが来る。
情事(森瑤子) ★★★☆☆
株式会社集英社 集英社文庫 第62刷 15年10月12日発行/16年10月31日読了
夕陽は胸を騒がせ、美しい風景に感動したが、今ではそれさえ心に響かない。時が流れ、若さだけの、若さがすべてのような思いが巻頭の「夏が終わろうとしていた」に現れている。 あまりに若さにこだわり過ぎで、一体この先どう生きていこうとするのか。場面、人物を西洋物にしたのは趣向だろうが、日本人にするともっとドロドロとするに違いない。