小説の木々16年11月

新大橋を渡って御籾蔵沿いの路を分け入ると、もう佐和山道場のある深堀河内守の屋敷に聳える白樫の大木が目に入ってくる。樹齢百年を超えるというから、深川の土地が埋め立てられてほどなく、緑といえば未だ疎らな草しかなかった頃から根を下ろしたのだろう。豊かに張った梢の白い葉裏が四月の陽を照り返し、澄み渡った空を背景にして、浜風に合わせるように明滅を繰り返す。(「白樫の樹の下で」青山文平)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

女のいない男たち(村上春樹) ★★★☆☆

株式会社文藝春秋社 文春文庫 第1刷 16年10月10日発行/16年11月06日読了

いろいろな形で女たちに去っていかれた男たち。特段印象に残るものではないが、中では「シェエラザード」の空き巣話が、妙に現実性があり生々しく面白い。話の続きに興味があるが。女に去られた男たちの孤独が寒々しい。

花のれん(山崎豊子) ★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第73刷 16年01月15日発行/16年11月08日読了

山崎豊子直木賞作。夫吉三郎の死に際して颯爽と白無垢の喪服を着るところは一つの見せ場。これで商売にすべてを掛けて生きていくことを宣言する。関東大震災に東京の師匠たちを救援するために大阪から乗り込む姿はこれもまた大きな見せ場。とにかく決断力、行動力があり、商売根性が凄まじいが、幸運を引き寄せるのも力量の一つとはいえ、幸運、強運過ぎる。

望み(雫井脩介)★★★★☆

株式会社KADOKAWA 初版 16年08月31日発行/16年11月14日読了

息子の友人がリンチで殺され、息子は行方不明。現場から逃げたのは二人で、行方不明者は三人。果たして息子は加害者か、あるいは被害者か。友人はそんなことをする人間ではないと信じきるが、それは死を意味する。そんなことはしないと信じながらも、加害者であっても生きていて欲しいと願う母、 むしろ殺されていても被害者であっていたらと思う父と妹。実はあまり喰い違いがあるわけではなく、どちらが正しいとかでもなく、複雑な家族の心理である。

しぶちん(山崎豊子) ★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第44刷 14年04月20日発行/16年11月17日読了

大阪ならではの船場雰囲気で、文化というかプライドというか面白おかしくもの悲しさがある。関東人にはなかなか着いていけないものがある。「遺留品」はたまたま前夜映画「クライマーズハイ」をPCで見たこともありなにか因縁めいたものを感じた。

僕の妻と結婚してください(樋口卓治) ★★★☆☆

株式会社講談社 講談社文庫 第9刷 16年07月07日発行/16年11月26日読了

織田裕二、吉田羊のスナップで買った。余命宣告された男が残される妻に一世一代の企画をぶつける。確かに、残された余命を緩和ケアに使おうが、入院もせずに自分の好きなことにひとそれぞれだが、人の死がこんな簡単に語られていいはずはない。映像として見る分には泣き笑いの人生の最後だが、共感は覚えなかった。11月22日、良い夫婦の日(実は娘の二年前の結婚記念日)、セカンドオピニオンの予約を取りに行った日、余命123日もいやにゴロの合う日であった。