小説の木々17年03月

藤井寺の本堂のそばにある藤棚を見て、香代子は大きく息を吐いた。感嘆と無念が入り交じったような、長い溜め息だった。「もう少し早い時期に来たかったわね。満開の藤は見事だったでしょうね」寺の名の由来にもなっている藤棚は、すでに花の時期を過ぎ、葉だけを茂らせていた。雨に濡れた葉も目に鮮やか美しいが、香代子の言うとおり、たくさんの紫の花で彩られる境内は、多くの人の目を惹きつけたであろうと思う。咲き乱れる藤の花を見てみたかったと思う傍ら、開花の時期でなくてよかったとも思う。藤棚を見ているうちに、古い記憶が蘇ったからだ。(「慈雨」柚月裕子)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

仮想儀礼(下)(篠田節子) ★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 11年06月01日発行/17年03月11日読了

ゲーム感覚で二人で興した第四次産業、虚業の新興宗教ビジネス。かなりいい加減なことだが、運も手伝い順調に数千人まで信者を増やしていった。しかし脱税が発覚してから、カルト集団とみなされ次第に信者が減っていく。この物語はここからが本題。最後に残った5人の女性は、もともと信仰心もなかった教祖さえも超え集団催眠、集団ヒステリー状態で信仰に埋没していき、人格さえも壊れていく。すでに制御不能状態で行きつくところまで行くしかなくなった。何かを信仰することの恐ろしい一面でもある。

出版禁止(長江俊和) ★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 17年03月01日発行/17年03月21日読了

太宰は何度も自殺未遂を起こしその都度生き残ってきた。臨死体験をしそれを書き残すためだと言われる。映像作家もまさに自殺未遂で生き返ることを目論んだが実は巧妙に仕組まれた罠であった。死ぬほどの愛か、自殺未遂を弄んだ報いか。この女が心中を誘うのか、ジャーナリストが徐々にその道に踏み込み狂っていく様は空恐ろしい。

とげ(山本甲士) ★★★☆☆

株式会社小学館 小学館文庫 第2刷 16年10月08日発行/17年03月28日読了

地方公務員を徹底的に揶揄していり。あながちピントは外れでもないだろうが、かといってこれがすべてでもなかろう。それにしても次から次へと問題が起こる。まるでドタバタ喜劇の様相である。ところで何が言いたかったのだろう、地方公務員の一面か、それとも単なるドタバタ劇か。