小説の木々17年04月
あの向こうに、おばあちゃんの桑畑がある。不意にそんな予感を覚えたのだ。今、その扉を開けたら、その向こうには、広い桑畑が広がっている。季節は初夏の、雨上がりだ。明石には、その光景がはっきりと目に浮かんだ。鈍い陽射しが夏の色を帯び、熱っぽく辺りに降り注いでいる。桑の葉はびっしりと地面を埋めていて、そこここに雨のしずくが丸く留まっていて、もう少しで零れ落ちそうだ。遠くには、青い山なみが見える。まだ雲は空の隅で墨色を残して動き続けている。時折、空気を混ぜっかえすように風が吹く。(「蜜蜂と遠雷」恩田陸)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
蜜蜂と遠雷(恩田陸) ★★★★☆
株式会社幻冬舎 第10刷 17年01月25日発行/17年04月07読了
音楽のことはまったく分からないが、コンクールの緊張感と臨場感が伝わってくる。同じ曲でも弾く人に依ってこうも違って聞こえるのもわかる気がする。3人の天才と1人の苦労人、それぞれが違う味を出しながら本選までもつれ込む仕立ては面白く楽しめた。
この嘘がばれないうちに(川口俊和)★★★☆☆
株式会社サンマーク出版 初版 17年03月20日発行/17年04月10日読了
シチュエーションは前作と変わらないが、二作目で少々行き詰まりを感じる。過去の人は未来の人が会いに来たことで自分の死を知らされ、未来では会いに行く自分が死んでいることになる。死んだこと、そのものに拘るのではなく、それまで生きてきた意味を作るのは、残った自分自身であることが響く。
イノセント・デイズ(早見和真)★★★★☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第3刷 17年03月20日発行/17年04月14日読了
幸せな家庭が続くはずだった。どこでどう間違ったのだろう。雪乃は誰かのために犠牲になったのではなく、身勝手な周りの人々の中で、どうしてこれほど自ら死ぬことを望んだのか。必要とされることが生きる糧だったが、必要と言われたときは、失望するのが怖かった。自己主張もせず、ただ純粋無垢は果たして美徳か。
四月になれば彼女は(川村元気)★★★★☆
株式会社文藝春秋 第5刷 17年01月10日発行/17年04月17日読了
恋愛小説なのだが、どこか冷めたものがあり、やたらと切ない。「見えないものを撮りたいと」とハルは言った。日食のように太陽と月がぴったりと一瞬重なるが、そのすぐあとにすでに移ろっていく。その一瞬を共有できた者だけが、変わっていくことに寄り添っていける。ただ、それを怠った。カニャークマリのこの日の朝陽は特別だったのだろう。ここに弥生はいなかった方が余韻が残っただろう。
テミスの剣(中山七里) ★★★☆☆
株式会社文藝春秋 文春文庫 第1刷 17年03月10日発行/17年04月27日読了
死刑制度と冤罪、組織防衛と自己保身、司法と尊厳と隠蔽。こんな中で、一匹狼となった渡瀬の執拗な追及は、もう間違わないと決めた贖罪だった。どんでん返しのためのさり気ないネタを配置し、人物設定にも配慮が見られ、なかなか面白く読んだ。如何せん小間切れ読みしたので、緊迫感というか、惹きつけるものがもう一つのような気がした。