小説の木々17年05月

桜が咲いていた。風が吹くたび、その花びらがひらひらと舞い、渦を作っては通り過ぎていく。墓前で手を合わせていた桐子の髪にも、いくつかが飛び乗り、そしてまた落ちた。祈りを捧げ終わると、桐子は目を開けて立ち上がった。・・返答はなかった。桐子はしばらく福原の後ろ姿を見つめていたが、やがて背を向けると、ポケットに手を入れ、歩き始めた。その背後で今一度、桜が逆巻いた。温かな桃色の風が流れ、花びらを吹き上げると、揺れていた。まるで離れていく桐子と、福原の距離を埋めるように。(「最後の医者は桜を見上げて君を想う」二宮敦人)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

最後の医者は桜を見上げて君を想う(二宮敦人) ★★★☆☆

株式会社TOブックス TO文庫 第10刷 17年04月05日発行/17年05月02読了

死をどのように受け入れていくか、話はシリアスなのに人物設定がまるで受け狙いの分かり易いTVドラマのように極端にデフォルメされ、ときに喜劇的でさえある。ここまでしなくても常識的に淡々と述べればむしろ一層印象的であったろうと思う。

男ともだち(千早茜) ★★★★☆

株式会社文藝春秋 文春文庫 第1刷 17年03月10日発行/17年05月12日読了

異性間で友情は成立するか、古くからのテーマである。これも一つの形であり、悪くはないし、他の形もあると思う。そこに男と女の感情はあるのか、あっては成立しないのか。これを他人に理解させようと思う必要はない。

天上の葦(上)(太田愛)★★★☆☆

株式会社KADOKAWA 初版 17年02月18日発行/17年05月23日読了

情報不足で何もわからない状態で、公安に追われながら調査を始め、少しずつだが謎が明らかになっていく。渋谷の交差点で空を指差し死んだ老人、ある日失踪した公安刑事。この二つの事象が交わり、同時に三人は追い詰められていき、瀬戸内の島に渡る。公安警察の不気味さが目立つ。

天上の葦(下)(太田愛)★★★★☆

株式会社KADOKAWA 再版 17年05月20日発行/17年05月29日読了

政治家は明確な指示は出さないが「察して動け」と暗黙の指示をだし、公安は察して独断で動く。失敗してもいつものようにトカゲのしっぽ切り。これにより情報統制、思想統制が始まろうとしていて、その罠はほとんどうまくいきかけていた。国家の手に掛かれば、人ひとり社会から抹殺することはいとも簡単である。(途中乱丁があり後日本を交換)