小説の木々17年06月
道はやがてつづら折れになり、山の尾根に出てから急な下りをたどって、渓間に入る。険しく駆け降りる山の斜面、青味がかった褐色の岩肌を背に、そのヒノキは立っていたのだ。葉の間からもれる高秋の陽が、無数の真珠となって、道に散った。紀子は樹の傍らに乱れた、ヤブデマリ群生が目の底に残っている。(「湖底のまつり」泡坂妻夫)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
リバース(相場英雄)★★★☆☆
株式会社双葉社 双葉文庫 第1刷 17年04月16日発行/17年06月01日読了
話が福島原発事故に拘ったせいで恣意的になってしまった。強盗殺人担当の捜査一課とは違った捜査二課の知能犯相手は、知恵の出し合いでこれはこれで面白い。行動確認で被疑者を丸裸にする捜査方法には恐ろしささえ感じる。この手の犯罪は単に被疑者逮捕だけにとどまらず、隙の無い徹底的な裏取り捜査が見ものである。
冬雷(遠田潤子)★★★★☆
株式会社東京創元社 初版 17年04月27日発行/17年06月07日読了
伝統とも言えない古い因習の世界でがんじがらめになった人々。人の心まで縛り付けるのは容易ではない。養子に来た代助の新しい血が、数々の犠牲を伴い期せずして徐々にこの因習を壊していく。それにしても姻戚関係がめちゃくちゃになって収拾がつかない。
宿命と真実の炎(貫井徳郎) ★★★★☆
株式会社幻冬舎 第1刷 17年05月10日発行/17年06月13日読了
話の裏をいくつも備えていて飽きさせない。なぜ連続警察官殺人が行われたのか。犯人の誘導で一時事件は解決したかに見えた。そして「気に掛かること」を突き詰めていくと、意外な事実が浮かび上がる。なかなか読者を飽きさせない依仕組みが満載である。スキャンダルで失職した西条の存在は不要とか、千葉の見せかけ自殺は容易すぎるとかの納得できない点はあるが。
不発弾(相場英雄) ★★☆☆☆
株式会社新潮社 初版 17年02月20日発行/17年06月19日読了
東芝の粉飾決算を主題にしているが、実態は地方の中小金融機関の財テク失敗による損失先延ばし、そして破綻がメインである。巨大企業の利益底上げとは様相が違い過ぎ。話があちこち飛ぶ感じで、完全に空回りしている。どちらか主眼を定めたほうが分かり易い。
湖底の祭り(泡坂妻夫)★★★☆☆
株式会社東京創元社 創元社文庫 第9刷 17年03月10日発行/17年06月25日読了
一人一人の思いが、そうとは知らずある方向に向かって破滅的な結果になる。まるで「騙し絵」を見せられたような気分である。分かってみれば時々の暗示が分かる。
失踪症候群(貫井徳郎) ★★★☆☆
株式会社双葉社 双葉文庫 第2刷 17年04月03日発行/17年06月29日読了
自発的な失踪では警察は動かない。戸籍の交換仲介も罰する罪はない。汚い戸籍でなければ、生きなおしたいと思う人には一つの解決手段であった。非現実的な特命捜査を出さざるを得ない背景もわかるが、TVドラマでしかない。