小説の木々17年07月
桜が咲いていた。風が吹くたび、その花びらがひらひらと舞い、渦を作っては通り過ぎていく。墓前で手を合わせていた桐子の髪にも、いくつかが飛び乗り、そしてまた落ちた。祈りを捧げ終わると、桐子は目を開けて立ち上がった。・・返答はなかった。桐子はしばらく福原の後ろ姿を見つめていたが、やがて背を向けると、ポケットに手を入れ、歩き始めた。その背後で今一度、桜が逆巻いた。温かな桃色の風が流れ、花びらを吹き上げると、揺れていた。まるで離れていく桐子と、福原の距離を埋めるように。(「最後の医者は桜を見上げて君を想う」二宮敦人)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
殺人症候群(貫井徳郎) ★★★★☆
株式会社双葉社 双葉文庫 第2刷 17年04月03日発行/17年07月10日読了
少年、及び精神異常者への罷免。法の建前は理解するにしても、納得できないものがあるのも事実。現代版必殺仕置き人の物語で、庶民感情としては必ずしも全面的に否定できない難しさがある。
君の膵臓をたべたい(住野よる) ★★★★☆
株式会社双葉社 双葉文庫 第1刷 17年04月30日発行/17年07月21日読了
純粋な青春小説。人は死を前にして、こんなにも強くなれるのか。題名がグロテスクで手に取るのを躊躇していたが読んでみた。桜良は実に愛すべきキャラクターの持ち主だった。最期が通り魔というのは非日常的で違和感を感じる。誰もが死準備できるものでもない。
月の満ち欠け(佐藤正午) ★★★☆☆
株式会社岩波書店 第2刷 17年06月26日発行/17年07月29日読了
前世の記憶、というより瑠璃はある意思を持って何度も生まれ変わっている。憑依ではない。したがって世代の時間が必要で、7歳になると現象が現れる。舌を出す癖と、「瑠璃も玻璃も照らせば光る」の言葉がサイン。何も瑠璃だけのことではないかもと考えるとつい後ろを振り返りたくなる。生まれ変わりがあるなら、もう一度話をしてみたい。