小説の木々17年10月

開け放した窓から手をのばしたら、捕まえてしまいそうだった。くもにはあたしの手が見えないのか、糸でぐるぐるまきにして真っ白になったオニヤンマに咬みついたまま、動かないでいる。高い笑い声が、巣のかかる夾竹桃の茂みのむこうに上がった。あたしは手をひっこめて、ピアノの前に戻った。(「みなそこ」中脇初枝)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

三度目の殺人(是枝裕和)★★★☆☆

株式会社宝島社 宝島社文庫 第1刷 17年09月20日発行/17年10月01日読了

今衆議院解散で希望の党が民進党に「蜘蛛の糸」を垂らしたという。とすれば、本作品は差し詰め「藪の中」か。それでも司法は結論を出さなければならない。関連する者達が皆司法は真実を明らかにする場ではないと思っているし、それで良しとしていた。しかし重盛は三隅に接することを通して、そこに疑問を持ってしまった。三度目の殺人は、真実は明らかではないが、まさに三隅を死に追いやることだったのか。心理劇の難しい映画になるだろう。

気象遭難(羽根田治)★★★☆☆

株式会社山と渓谷社 ヤマケイ文庫 初版第2刷 16年01月30日発行/17年10月03日読了

冬山のすばらしさは想像に難くない。冬山の厳しさを知っていく人はそれなりの備えと覚悟があるだろうが、予想できなかった天気の急変で遭難する人にとっては、無情にも山の厳しさを知ることになる。ただそこに至る一線があるという、この判断が難しい。トムラウシの遭難は以前読んだと思ったら、別の遭難だった。残念だが、同じ場所で遭難を繰り返していた。

月桃夜(遠田潤子)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 15年12月01日発行/17年10月08日読了

ファンタジーは趣味ではないが、遠田潤子で読んでなかったので購入した。特に言うこともないが、海の話と島の話が微かにオーバーラップして、重たい話になるが、ファンタジーではなく、シリアスな現代もので書いたらまた違ったものになるだろうと思う。方言が読みにくかった。

砂上(桜木紫乃)★★★☆☆

株式会社KADOKAWA 初版 17年09月29日発行/17年10月13日読了

最初はどうなるのかわからなかったが、編集者に押されて何度も改稿していくにつうれて徐々に背景、来し方が明らかになってきて、重みが加わってくる。すべてに拘泥せず、砂の上を歩くような何もない親子三代の女の人生。またこの道を歩き続けるのか。人は一生に一冊は本が書けるというが、令央に次の作品が書けるのかは見えない。

みなそこ(中脇初枝)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮社文庫 第1刷 17年05月01日発行/17年10月22日読了

文庫本帯の「禁断の純愛小説、美しい中学生とあたしの一度だけの夏」というのは、読んでみると違う気がする。四国地方の方言が妙におおらかで生々しい雰囲気を醸し出す。ピアニストの夢が潰えたからか、やさしい夫、それなりに裕福な家、可愛い娘を得ても、何か物足りない。ある夏の帰省、娘の夏休み、盆の行事の流れの中で、二十数歳も年下の男の子に互いの淡い思いを抱く。あやうくすれ違うひと夏の思い、こんな刹那的な思いがあっても不思議じゃない。

Red(島本理生)★★★☆☆

中央公論社 中公文庫 初版 17年09月25日発行/17年10月30日読了

夫の両親と同居する塔子は不満はあるがそれが浮気の理由にはならない。結局塔子は好き勝手に生きる道を選んだということか。これですべて水に流せというのかのようなエピローグは最悪、結局親との非同居だけで解決することなのだろうか。これでは周りがみんな塔子の行動に振り回されるピエロで、またいつか繰り返される。