小説の木々17年11月

開け放した窓から手をのばしたら、捕まえてしまいそうだった。くもにはあたしの手が見えないのか、糸でぐるぐるまきにして真っ白になったオニヤンマに咬みついたまま、動かないでいる。高い笑い声が、巣のかかる夾竹桃の茂みのむこうに上がった。あたしは手をひっこめて、ピアノの前に戻った。(「みなそこ」中脇初枝)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

穂高に死す(安川茂雄)★★★★☆

株式会社山と渓谷社 初版第1刷 15年07月05日発行/17年11月09日読了

凄まじいこうした山登りはスポーツではない、と思う。スポーツは競技場でお互いルールを守ってやる体力、知力闘争。しかし、相手は自然、ルールなんか通用しない。この命を懸けた結果の遭難死は、確かにドラマだが、世界の山岳史がこうした悲劇の積み重ねで進んできたことは間違いない。それでも登る魅力があり、その魅力に魅入られた人々の鎮魂歌であろう。

雨に泣いてる(真山仁)★★★☆☆

株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 17年10月10日発行/17年11月12日読了

東日本大震災を扱ったものだが、記者魂の側面を見る。多くの自殺候補者を救い、周囲から尊敬を集めていた僧侶が津波に飲まれて死んだ。だがその過去は弁護士夫婦を殺害した犯人だった。これを記事にするか否か。記者に感情移入をさせたら記事は書けない非情の世界。

谷川岳に逝ける人びと(安川茂雄)★★★★☆

株式会社平凡社 平凡社ライブラリー 初版第1刷 15年01月10日発行/17年11月17日読了

数年前、谷川岳に行ったが、もちろんロープウェイコース。一の倉沢も遠望してきた。途中、墓標やレリーフを多く見掛け、谷川岳の恐ろしさを垣間見る気がした。一度は行ってみたい。標高は2,000mに満たないが、急峻な岩壁と複雑な地形に加えて中央分水嶺のために天候の変化も激しく遭難者の数は群を抜いて多い。人間の思惑などに目もくれず冷厳に聳え立つ。それでも山好きな人々を魅了してやまない。一の倉沢を望みながら、厳粛な気持ちにさせられた。

道迷い遭難(羽根田治)★★★★☆

株式会社山と渓谷社 ヤマケイ文庫 初版第2刷 16年11月10日発行/17年11月21日読了

たまたま生還できた遭難ばかりであるが、冬季の槍や穂高でなく低山でも遭難死に至ることは多い。また、中高年者の登山ブームにのり、中高年者の遭難が増えたこともむべなるかなと思う。実に身近な遭難である。おかしいと思ったら引き返せ、迷ったら沢に降りるなとは鉄則で知っていただろうと思うが、悪い方悪い方へと進んでしまう。似たような経験はあるし、身近な遭難であるだけに恐怖を覚える。

カラヴィンカ(遠田潤子)★★★☆☆

株式会社KADOKAWA 角川文庫 初版 17年10月25日発行/17年11月29日読了

単行本「お葬式」(既読)の改題品。文庫本になるときによく内容を加筆訂正するが、題名まで変える時がままある。ネットで買ったのでそこまで気が回らなかった。騙された気分。

オブリヴィオン(遠田潤子)★★★☆☆

株式会社光文社 初版第1刷 17年10月20日発行/17年11月29日読了

競艇の舟券を神がかりに当てる。これが周りの人々を次々に不幸にしていき、終には妻をも殺す。題名のオブリヴィオンは忘却、大赦。周りがすべて忘れてくれることで許されると思ったが、忘れてはくれず、許されなかった。タンゴのオブリヴィオンの物悲しいメロディに乗せて、真実が明らかにされる。許されたとしても妻は帰ってこない。