小説の木々18年06月
それから、たとえば裸の木。山に遅い春が来て、裸の木々が一斉に芽吹くとき。その寸前に、枝の先がぽやぽやと薄明るく見えるひとときがある。ほんのりと赤みを帯びたたくさんの枝々のせいで、山全体が発光しているかのような光景を僕は毎年のように見てきた。山が燃える幻の炎を目にし、圧倒されて立すくみながら、何もできない。何もできないことが、かえってうれしかった。ただ足を止め、深呼吸をする。春が来る、森がこれから若葉で覆われる。たしかな予感に胸を躍らせた。(「羊と鋼の森」宮下奈都)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
田園発港行き自転車(下)(宮本輝)★★★☆☆
株式会社集英社 集英社文庫 第1刷 18年01月25日発行/18年06月03日読了
祐樹を核として、本人はまだ何も知らなくてもいろいろな人が絡まり蠢いていく。徐々に絡まった糸がほどけていくようで、意図せずに滑川に集約していく。なにより愛本橋、田園風景、富山の魅力が綴られており、旅心がムズムズした。
羊と鋼の森(宮下奈都)★★★☆☆
株式会社文藝春秋 文春文庫 第2刷 18年02月25日発行/18年06月10日読了
どうも素直すぎ、ストイックすぎて、普段通りでない違和感さえ感じる。しかし、ピアノの鍵は通常88であり、基準音が49番目のラ音で440Hzであることは興味深く読んだ。
凶犬の眼(柚月裕子)★★★☆☆
株式会社KADOKAWA 初版 18年03月30日発行/18年06月17日読了
「孤狼の血」の続編、地方の駐在に左遷された日岡がすっかり大上の意思を継いでいた。警察官とやくざの兄弟盃が現実的かどうかはこの際別にして、命を取り合う裏社会の掟を覗かせる。
たった一人の生還(佐野三治)★★★★☆
株式会社山と渓谷社 ヤマケイ文庫 初版第1刷 14年01月05日発行/18年06月18日読了
7人いたクルーが一人、また一人と溺死、餓死で死んでいく中で、自分の尿を飲み、カツオドリを掴まえ生で悔い、良く持ちこたえた。体質もあったのだろう、人一倍生命力があったわけでもないようだが、ギリギリのところでよくぞ生還できたと思う。まさに壮絶な死との戦いであり、ドキュメントならではの緊迫感が感じられる。
dele(本多孝好)★★★☆☆
株式会社KADOKAWA 角川文庫 初版 11年05月25日発行/18年06月24日読了
死後、本人に代わってデータを削除する依頼。どんなデータかは分からないので、ストーリ建が難しいところ。そういう意味でストーリ性が弱い、深みがない。もう少し捻りが欲しかった。ドールズ・ドリームくらいから深くなってきたが、dele2に期待。