小説の木々18年07月
それから、たとえば裸の木。山に遅い春が来て、裸の木々が一斉に芽吹くとき。その寸前に、枝の先がぽやぽやと薄明るく見えるひとときがある。ほんのりと赤みを帯びたたくさんの枝々のせいで、山全体が発光しているかのような光景を僕は毎年のように見てきた。山が燃える幻の炎を目にし、圧倒されて立すくみながら、何もできない。何もできないことが、かえってうれしかった。ただ足を止め、深呼吸をする。春が来る、森がこれから若葉で覆われる。たしかな予感に胸を躍らせた。(「羊と鋼の森」宮下奈都)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
dele2(本多孝好)★★★☆☆
株式会社KADOKAWA 角川文庫 初版 11年06月25日発行/18年07月06日読了
前作ではどうも浅いと思われたが、やはりこれらは前振りでdele2にチェイシング・シャドウズにつなげるものであり、すべてこれに集約していく。かなり凝った構成になっているが、盛り上がりがない。
愛逢い月(篠田節子)★★★★☆
株式会社集英社 集英社文庫 第11版 10年03月15日発行/18年07月10日読了
一つ一つが、なんとも恐ろしい話である。「38階の黄泉の国」では、愛する二人きりの世界になったのに今度はそこから逃げられない永遠の二人きり、「柔らかい手」では事故で何もできず妻の介護にすべてをゆだねざるを得ずそこから抜け出したいが出られない男。愛の情念か、愛の錯覚なのか。
最後の家族(村上龍)★★★★☆
株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 第6版 14年07月10日発行/18年07月17日読了
秀樹に対して田崎弁護士がズバリというところは圧巻。リストラされる父、浮気する母、大学進学を辞めイタリヤに行く娘、引きこもりの息子。家族四人がてんでんばらばらで、徐々に家族構成が崩壊していく。それでも一人一人がぞれぞれ自立していくことで形になっていく。皆がみんなこんなに自立していくことも難しいが、秀吉がうれしそうに「おれの家族なんだよ」というところにかすかに救いがある。
万引き家族(是枝裕和)★★★☆☆
株式会社宝島社 第3刷 18年07月07日発行/18年07月21日読了
元々他人同士の6人が、心の空白を埋めるために家族を作る。長続きするものではなくいずれ壊れるときがくるのは分かっていたはず。それでも元の家族を捨て、貧乏でも新しい家族として生きていく。一番強い思いを持っていたのは「お前なんか生まれてこなければよかった」と言われ続け活きてきた信代。題名の万引きは許されるものではないが、主たる生活基盤は祖母の遺族年金。逆説的に家族として欲しかったものを求める。
歩いても歩いても(是枝裕和)★★★★☆
株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 16年04月30日発行/18年07月25日読了
溺れた子供を助けて亡くなった兄の命日集まった家族の、それぞれの立ち位置と思惑とが微妙な雰囲気で交錯する。「人生にはどうしても取り返しのつかない失敗というのがあるのだ。そのことに気が付くのはもっとずっと後になってからのことだ」みなそれぞれに小さな後悔を秘めながら、場を取り繕い夏の一日を過ごす。なんともやるせない一日である。
短編工場(浅田次郎他)★★★☆☆
株式会社集英社 第44刷 18年06月06日発行/18年07月31日読了
文庫本のカバーは時折変わる。また、桜木紫乃を読みたかったので、買ってしまったが、これは読んだことがある。調べると3年前に確かに読んでいた。でも短編集だし気を取り直して読み直した。前回同様、熊谷達也の「川崎船」はじっくり長編で書いてもいいなと思う。短編はワンポイントなところがあり、そこで落ちをつけなければならないので難しい。