小説の木々18年08月

それから、たとえば裸の木。山に遅い春が来て、裸の木々が一斉に芽吹くとき。その寸前に、枝の先がぽやぽやと薄明るく見えるひとときがある。ほんのりと赤みを帯びたたくさんの枝々のせいで、山全体が発光しているかのような光景を僕は毎年のように見てきた。山が燃える幻の炎を目にし、圧倒されて立すくみながら、何もできない。何もできないことが、かえってうれしかった。ただ足を止め、深呼吸をする。春が来る、森がこれから若葉で覆われる。たしかな予感に胸を躍らせた。(「羊と鋼の森」宮下奈都)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

ふたりぐらし(桜木紫乃)★★★☆☆

株式会社新潮社 第1刷 18年07月30日発行/18年08月06日読了

もとは他人同士の二人がともに生活することの不思議さ、好まなくても他人とも交わりながら、淡々と流れていくふたりの生活。また、二人ぐらしは自分たちだけでなくあちこちにあった。ふたりぐらしは時間が紆余曲折の末、徐々に夫婦にしていく。
広島の伯父の葬儀に入手したばかりのこの本を携えて行った。発行日は7月30日、叔父の亡くなった日であった。

どうしようもない恋の唄(草薙優)★★☆☆☆

株式会社祥伝社 祥伝社文庫 第2刷 10年10月30日発行/18年08月16日読了

これは官能小説だろうか。主人公はヒナで、魅力的で可愛く少し足りない。そんな女性のヒモになり、このままでは駄目になると離れることを決意したが、残ったプライドと健気なヒナから離れられず待つことになる。これも人生とはいえ、将来は見えず瞬間的には眩いが決して明るくはない。

ファーストラヴ(島本理生)★★★☆☆

株式会社文藝春秋 第5刷 18年07月25日発行/18年08月23日読了

何故娘は父を刺殺したのか。臨床心理士の由紀はその背景、動機を探る。娘の言動も時間とともに変わり、幾重にも重なった家族の苦悩、それに由紀本人の過去も重なる。心理物語で少々疲れる。裁判は有罪で終わるが、娘が再生する希望も垣間見える。ただ、題名はどこを言うのだろうか。

未来(湊かなえ)★★★☆☆

株式会社双葉社 第1刷 11年05月23日発行/18年08月29日読了

20年後の自分からの手紙で始まり、一方的な文通で話が進んでいく。時空超越かと思ったがこの作家にこのテーマはない。隠された父母の謎は徐々に明らかになったいくが、題名にある「未来」とは未来に向かって生き直すかすかな希望の物語か。ただ、どうにも読後感が爽やかでなかった。