小説の木々19年04月
比田さんは、小さな薄黄色い花をいっぱいつけた、低い灌木の小枝を折った。花はいい匂いがした。私は比田さんの手から小枝を取った。「なんて花?」「サビタ」と、比田さんは答えた。タともテともつかぬ発音をした。「押花をつくってやろう。うまいもんだぜ」帰りに気をつけて見ると、その花はあちこちにしろっぽく咲いていた。山城館の付近にもあった。私は比田さんが手折ったから、この花も眼につくようになったのだと思った。(「短編伝説(別れる理由)/サビタの記憶」原田康子)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
ニワトリは一度だけ飛べる(重松清)★★☆☆☆
朝日新聞出版社 朝日文庫 第1刷 19年03月30日発行/19年04月03日読了
昔はもっとシニカルなものが多かったが、いつの頃からかこうしたちょっとコミカルな軽いものに作風が変わった。深みもない。かと言って、池井戸潤のように大上段に振りかぶった臭みもない。まあ、軽く読み流す程度だろうか。
赤い人(吉村昭)★★★☆☆
株式会社講談社 講談社文庫 第7刷 18年12月03日発行/19年04月14日読了
赤い人とは囚人服のこと、取り立てて主人公はいない。明治時代殺人強盗の類の長期・無期囚人に加え多量の政治犯を集め北海道に送り、道路、炭坑で苛酷な労働に着かせた。 看守と囚人の憎悪、繰り返される脱獄と死。まさに裏の凄まじいまでの北海道開拓史を読む思いであった。
ノースライト(横山秀夫)★★★★☆
株式会社新潮社 第2刷 14年03月10日発行/19年04月24日読了
凶悪犯罪が出てこないミステリー。設計者の住みたい家をと、家を建てて一度も越してこずに失踪した一家。熱海の旧日向邸地下の設計者ブルーノ・タウトを底辺にしっかり効かせて家庭問題、メモリアルコンペ、自殺/事故が交錯する。最後の謎解きは少々慌ただしくなった気がしたが、引きずり込まれた。
>「私、誰のせいで鳥オタクになったんでしたっけ?」それはいつもの前ふりで、付き合い始めて間もないころに新宿御苑で青瀬が五つも六つも鳥の声を言い当てた日の思い出話に転がる。「あれは効いたなぁ。この人と結婚しちゃおうかなって思ったもの」
>人間はそう簡単には死なない。人間はいとも簡単に死ぬ。どちらも本当であるなら、どちらか望む方を望めばいい。
検事の信義(柚月裕子)★★★☆☆
株式会社KADOKAWA 初版 14年04月20日発行/19年04月28日読了
佐方検事シリーズもの、いつものように鋭い洞察力で公判部に持ち込まれた事案を整理する。通常は刑事部が上げた事案を公判部はそのまま後半に持ち込むのだが、佐方一流の直観力で不自然さを見抜き、組織の壁も気にせず検事の信義を貫く。上司の具貢部長の理解も重要である。シリーズものはそれなりに面白くはあるが、枠のようなものができ、そこからはみ出ないもどかしさもある。