小説の木々19年05月

比田さんは、小さな薄黄色い花をいっぱいつけた、低い灌木の小枝を折った。花はいい匂いがした。私は比田さんの手から小枝を取った。「なんて花?」「サビタ」と、比田さんは答えた。タともテともつかぬ発音をした。「押花をつくってやろう。うまいもんだぜ」帰りに気をつけて見ると、その花はあちこちにしろっぽく咲いていた。山城館の付近にもあった。私は比田さんが手折ったから、この花も眼につくようになったのだと思った。(「短編伝説(別れる理由)/サビタの記憶」原田康子)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

泥の河・蛍川・道頓堀川(宮本輝)★★★★☆

株式会社筑摩書房 ちくま文庫 第19刷 16年07月05日発行/19年05月12日読了

宮本輝の原点ともいえる川3部作。このエッセンスは流転の海にも生かされている。作品では川は重要な背景的要素である。川は海とは違って一種独特な哀愁、倦怠、寂寥感があり、それを十分拾っている。川に縛り付けられた人生と言ってもいいかも知れない。そこに住む人々のそれぞれの人生が見える。

白日の鴉(福澤徹三)★★★☆☆

株式会社光文社 光文社文庫 初版第1刷 18年01月20日発行/19年05月19日読了

作られた冤罪、組織(警察/検察)また、弁護士でさえ有罪を前提に話を進め、個人の力のなさに愕然とする。実に空恐ろしい世界である。この物語は、被疑者を逮捕した一警察官の善意で無罪が判明するが、被害者、目撃者の愉快犯的な悪意で有罪として絶望する物語もまた別の物語である。

すぐ死ぬんだから(内館牧子)★★★☆☆

株式会社講談社 第9刷 19年02月04日発行/19年05月24日読了

文章が雑なのは作風だから仕方がない、深みも余韻もない。であればストーリーで、というところだが、果たして遺言で42年間も騙してきた不倫と認知もしていない隠し子のことをばらすだろうか。残った人への労わりもなく、信じられない所業である。嘘をつくなら墓場までという。残された人に要らぬ騒動と不愉快を押し付ける。

そして、バトンは渡された(瀬尾まいこ)★★★☆☆

株式会社文藝春秋 第11刷 19年01月25日発行/19年05月31日読了

悪くはないのだが、出てくる人みないい人ばかりで、血のつながらない親の間を次々と引き継がれていく。だから優子は血のつながりは気にしない。そのことに問題も悩みもない。暢気なものである。まるで御伽噺ですね。