小説の木々19年06月
比田さんは、小さな薄黄色い花をいっぱいつけた、低い灌木の小枝を折った。花はいい匂いがした。私は比田さんの手から小枝を取った。「なんて花?」「サビタ」と、比田さんは答えた。タともテともつかぬ発音をした。「押花をつくってやろう。うまいもんだぜ」帰りに気をつけて見ると、その花はあちこちにしろっぽく咲いていた。山城館の付近にもあった。私は比田さんが手折ったから、この花も眼につくようになったのだと思った。(「短編伝説(別れる理由)/サビタの記憶」原田康子)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
アノニマス・コール(薬丸岳)★★★☆☆
株式会社KADOKAWA 角川文庫 初版 18年11月25日発行/19年06月05日読了
多少いつもの作風と違いハードボイルド風。監視体制や連絡体制を想像すると二人での犯行は多少無理がある。麻薬の売人との接触も難しい。いつものことながら底にある警察組織の体制維持だが、自己保身の何物でもない。最後に少しだけ夢を見させてくれる。
ボダ子(赤松利市)★★★☆☆
株式会社新潮社 第1刷 19年04月20日発行/19年06月15日読了
もう駄目だ。何もかも捨てて逃げだせ、と思いながら最後まで読み通す。一時期はいい目も見たが、一度坂を転がると止めようがない。ただ、悪い方へと落ちるだけ。絶望である。
許されようとは思いません(芦沢央)★★★☆☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 19年06月01日発行/19年06月18日読了
日常性の中の恐怖。どこかでボタンを掛け違った、歯車は悪い方へ悪い方へと回り始める。「姉のように」は最後に「アレッ!」と油断していたら見事にはめられた。秀逸である。「許されようとは思いません」は祖母の深い気持ちを推し量り、その意味に了解する。
Blue(葉真中顕)★★★★☆
株式会社光文社 初版第1刷 14年04月30日発行/19年06月23日読了
平成が始まった日に生まれ、平成が終わった日に死んだ一人の男がいた。貧困、虐待だけではないが、社会の底辺の裏側を見せる。「子供を愛せない親も一定数いる」というのも怖い言葉。外国人労働者への搾取は、国を貶めひどいものがあるが、少なからず真実だろう。誰がこの殺人鬼を作ってしまったのか。
百花(川村元気)★★★★☆
株式会社文藝春秋 第1刷 19年05月15日発行/19年06月30日読了
忘れていく母と思い出していく息子。TV番組で記憶を売る話が合った。記憶こそが人間の本質ならば、いずれAI技術が進歩し、人間がコピーできるかも。「失っていくことが大人になるということじゃないかな」辛い言葉である。