小説の木々19年09月
道の向うの塀の中から大きな樹木が葉を繁らせていた。その緑の中でしとどに濡れた泰山木の花が、目のさめるような白さで咲いていた。雨だから、傘をさせばつい下を見て、泥にぬかるんだ道ばかり眺めて歩くものであるのに、茂造は濡れることには頓着なく、傘をかまわず上を向いて歩いて、雨の中で豪華な咲き方をしている花を認めたのであろう。昭子は、胸を衝かれていた。泰山木の花は、美しかった。多く花びらが、恐れずに雨を享けて咲いている。車が走り交う小径の上で、その白さは堂々としていた。昭子もしばらく黙って梅雨に濡れる花を眺め、そして花と茂造を較べ見て、この美しさに足を止めるところをみると茂造には美醜の感覚は失われていないのだと思った。(「恍惚の人」有吉佐和子)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
恍惚の人(有吉佐和子)★★★★☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第66刷 14年09月25日発行/19年09月05日読了
昭和57年文庫本初版発行で随分古いが、内容は決して古くなく、状況は今も同じである。生活環境、介護環境はこの時代そのものであり、今とは違うとはいえ、問題は何も変わっていない。果たして長生きすることは幸福なのかと考えさせられる。読まなければと思いつつ、読みたくもない気持ちでいたが、次のページを捲るのが苦痛であった。しかし、こうした環境で男がまったく役たたずで、女性の強さが滲み出ていた。
dele3(本多孝好)★★★☆☆
株式会社KADOKAWA 角川文庫 初版 19年06月25日発行/19年09月10日読了
「リターン・ジャーニー」は圭司が行方不明になる。ちょっとドタバタ、以前の圭司と祐太郎の出会いのいきさつが分からないとピンとこない。dele、dele2は忘れてしまった。「スタンド・アローン」は、契約した削除する内容は今まで決して見ることはなかったが、初めて見ることになってしまった。故人が見せたくないと思うものは、やはり予想通り見るべきではなかった。
終電の神様(阿川大樹)★★☆☆☆
株式会社実業之日本社 実業之日本社文庫 初版第33刷 19年05月15日発行/19年09月19日読了
タイトルの神様が見えない。なぜ終電なのか、それが話とどう繋がるのか。「スポーツばか」の別れを告げる手紙が前夜郵便局が火事で燃えた、という下りは安易すぎて落胆する。