小説の樹々20年04月

道の向うの塀の中から大きな樹木が葉を繁らせていた。その緑の中でしとどに濡れた泰山木の花が、目のさめるような白さで咲いていた。雨だから、傘をさせばつい下を見て、泥にぬかるんだ道ばかり眺めて歩くものであるのに、茂造は濡れることには頓着なく、傘をかまわず上を向いて歩いて、雨の中で豪華な咲き方をしている花を認めたのであろう。昭子は、胸を衝かれていた。泰山木の花は、美しかった。多く花びらが、恐れずに雨を享けて咲いている。車が走り交う小径の上で、その白さは堂々としていた。昭子もしばらく黙って梅雨に濡れる花を眺め、そして花と茂造を較べ見て、この美しさに足を止めるところをみると茂造には美醜の感覚は失われていないのだと思った。(「恍惚の人」有吉佐和子)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

クスノキの番人(東野圭吾)★★★☆☆

株式会社実業之日本社 初版第1刷 20年3月25日発行/20年04月06日読了

ページ数の割に中身が薄い、要するに状況説明部分が多い。先月読んだ「ナミヤ雑貨店の奇跡」に比べると期待外れだ。ハイライトは兄の音楽を父を介して娘に伝えるところくらいか。また、念がいいことばかりではないというところか。

時生(東野圭吾)★☆☆☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 20年2月1日発行/20年04月30日読了

「ナミヤ雑貨店の奇跡」が面白かったから、その系統でクスノキの番人に続いて本編を読んだが、東野圭吾が500ページを費やしてこんな駄作を書くとは思いながら途中何度も読み止めようと思った。時空を超える話であるが、その物語の面白さが何もないトキオが時空を超え、ぐうたらだった父を立ち直らせ、母を事故から救うのだが、途中のドタバタは一体何なのか。母との遭遇も鍵付きバイクも偶発的すぎる。当分この作者の作品はよく気がしない。