小説の樹々20年09月
夏の終わりの風が、桜の枝を揺らす。頭上の葉のざわめきが、子供たちの歓声を耳からつかの間遠ざける。夏が行く。もう何度と数えることはない。あと何度と思いを馳せることもない。さすがに私は・・・私は年を取りすぎた。なあ、お前はどうだ?寄りかかった桜の木を下から見上げた。桜は応えなかった。ただもう一度、枝葉がざわめいた。見上げた姿勢のまま目を閉じた。桜のざわめきがやみ、耳に子供たちの歓声が戻る。指導をするコーチたちの声も聞こえる。それを見守る親たちの声も聞こえる。ふと気配を感じて目を開けると、いつの間にか隣にいた。私は桜の木から体を離した。(「Good Old Boys」本多孝好)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
ステージ・ドクター菜々子が熱くなる瞬間(南杏子)★★★☆☆
株式会社講談社 第1刷 19年9月17日発行/20年09月07日読了
身体に支障があればステージに立つのは当然リスクである。これを支援するステージドクターがいても不思議ではない。ただ小説としてはそれらのステージをいくら書いても面白くはない。その線で「絶対」を忍ばせた。「デア・ペイシャント」でもあったが、そのときがあっさり過ぎているので、感動が少ない。
雨の中の涙のように(遠田潤子)★★★☆☆
株式会社光文社 初版第1刷 20年8月30日発行/20年09月16日読了
雨の中の涙のように、思い出も時とともに消える。誰もが憧れ好感を持ち、容姿と才能に恵まれた葉介。しかし、父との間に人には言えない秘密があった。アイドルから役者に変身し、役を演じることでその過去から逃れようとしていた。彼と出会う人々はその人生に変化が生まれる。やっとその束縛から逃れる時が来た。
ブラックウェルに憧れて(南杏子)★★★☆☆
株式会社光文社 初版第1刷 20年7月30日発行/20年09月29日読了
女医への偏見は十分に感じられた。この作家の作品をいくつか読んだが、何か一つの秘密を最後まで温めて暴露するという構成がワンパターンすぎる。作品はともかく、下敷きになったエリザベス・ブラックウェル女医の生き様が素晴らしい。「妻がいないというだけで、今までとまったく異なる人生が始まると知りました」この文章にはウっときた。