小説の樹々21年03月

郊外の学園都市には、苦労や不幸とは無縁の空気があった。駅前のロータリーから南に向かってまっすぐに延びる大通りの左右は老いた桜並木で、ほかにも松や楓や銀杏の緑が溢れていた。しかし、もし僕の見誤りでなければ、武蔵野の樹木の主役である欅が見当たらなかった。おそらく学園通りの桜を美しく咲かせるために、陽光を遮る欅を切ったのだろう。僕の育った養護施設は欅の森の中にあった。頭上に蓋を被せられたように暗鬱で、秋が深まれば降り注ぐ朽葉を、際限ない苦役のように集め続けなければならなかった。だから僕がその町のたたずまいを気に入ったのは、欅の大樹がないせいかもしれなかった。(「おもかげ」浅田次郎)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

紅蓮の雪(遠田潤子)★★★☆☆/ISBN978-4-08-771738-9

株式会社集英社 第1刷 21年02月10日発行/21年03月06日読了

結末が早くから見えてしまった。まさに「親の因果が子に報い・・・」を地でいくストーリー。大衆演劇、しかも女形を舞台にしたのはユニークで面白かったが。

(村山由佳)★★★☆☆/ISBN978-4-10-100342-9

株式会社新潮社 新潮文庫 第2刷 21年2月20日発行/21年03月15日読了

仲良しの中学2年生の4人。ある時間を境に、その後20年もそこから抜け出られず、歪み引き摺られていく。脇役だったと思われた近藤の陰の役割も意外だが、序盤に前振りはあったものの、佐々木の予想外の過去と身の処し方に予想を覆された。一番の被害者であった陽菜乃に少しでも救いをという流れが、わずかでもその兆候が出ていて救われる思いである。

俺と師匠とブルーボーイとストリッパー(桜木紫乃)★★★☆☆/ISBN978-4-04-111112-3

株式会社KADOKAWA 初版 21年02月26日発行/21年03月24日読了

北国(釧路)のキャバレー「パラダイス」の照明係のアルバイトをする章介。暮れ正月の出し物の癖のある3人と、寮で共同生活をする羽目になる。不思議なキャラを持つ3人と生活しながら、徐々に温かな空気が醸し出される。しかし、仕事が終われば別れ別れになる。章介は東京へ出て、生き直す。希望があるわけではないが、ほのぼのとしたものが流れる。

海が見える家(はらだみずき)★★★☆☆/ISBN978-4-09-406439-1

株式会社小学館 小学館文庫 第17刷 21年1月17日発行/21年03月26日読了

ブラック企業に就職し、1カ月で退職。そんな折父の訃報を受ける。父母が離婚し、父とも不仲になり随分会っていなかった。父の遺品、家を整理しながら、近所の人たちと触れ合い、今まで知らなかった父の一面を見る。同時に自分の生き方を見直す。「亡き父が暮らしたこの家を整理することは、生前の父と向き合うことなのだ。そのことにようやく気が付いた。遺品が、かっての持ち主について語りかけてくる。その声に耳を澄ませることが、残された者に課せられた役目であり、遺された者ができる数少ない行いのような気がしてきた。」「自分の人生がおもしろくないなら、なぜおもしろくしようとしないのか。他人にどのように評価されようが、自分で納得していない人生なんてまったく意味がない。」

海が見える家それから(はらだみずき)★★☆☆☆/ISBN978-4-09-406796-5

株式会社小学館 小学館文庫 第6刷 21年1月17日発行/21年03月27日読了

文哉の努力も周りの人たちの協力も、アイデアも運も分かるが、すべてがトントン拍子にあれよあれよという間に事態は好転していく。文章は読みやすいが、ストーリとしては面白みに欠ける。