小説の樹々21年10月
夏の終わりの夜は蒸し暑くて、どこからか花火の匂いがした。空を仰ぐと百日紅の赤が夜目に鮮やかに映る。その向こうには小さな星が幾つか瞬いていて、明日も晴れだと言っている。酔った勢いで美晴の手を掴み、子どものようにぶんぶん振って歩く。鼻歌を歌うと美晴が笑ったから、私も笑った。他愛ない夏の一日だった。(「52ヘルツのクジラたち」町田そのこ)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
孤狼の血LEVEL2(原作柚月裕子)★★★☆☆/ISBN978-4-04-111331-8
株式会社KADOKAWA 角川文庫 第4版 21年8月20日発行/21年10月02日読了
その後日岡はうまく立ち回っていたと思っていたが、狂犬ともいえる上林が出獄すると脆くもその安寧は崩れた。凄まじいまでの死闘を繰り広げる二人だが、その裏には警察上層部の思惑があった。本編映化の脚本(池上純哉)を豊川美加が小説化したもので、まさに映画一作分そのものだが、恐ろしいまでの凄まじさは十分に伝わる。
仮面(伊岡瞬)★★★☆☆/ISBN978-4-04-109592-8
株式会社KADOKAWA 第3刷 21年07月30日発行/21年10月07日読了
人は良くも悪くも仮面を被って生きている。それ自体悪いことではないが、仮面=嘘となると、今度はその仮面を維持するのに嘘を重ねることになる。最初は事故だったが、次々とその仮面を磨いていき剝がせなくなり、人格が変わっていく。あまりに簡単に殺していく狂気の中で、小野田が警官を続けることができ単純によかったと思った。
さよならも言えないうちに(川口俊和)★★★☆☆/ISBN978-4-7631-3937-5
株式会社サンマーク出版 初版 21年09月20日発行/21年10月08日読了
喫茶店フリクリフリクラは4作目である。過去に戻っていくら努力しても現在は変えられないという厳しいルールがある。できることは言えなかったこと、伝えられなかったことを伝えることだけ。ある面で後悔を癒す自己満足だが、いつその時が来るか分からないので、いつも伝えることは伝えておく必要があるということか。今回は連作短編で短編間の関連が少し見えた。いつものように静かに淡々と進むが、代わり映えしなくなってくる。難しいがもう少しドラマチックに、あるいは唸るように仕掛けが欲しくなるところだが。
不審者(伊岡瞬)★★★★☆/ISBN978-4-08-744292-2
株式会社集英社 集英社文庫 第1刷 21年09月25日発行/21年10月12日読了
二十年振りに現れた義理の兄優平、この男が穏やかだった4人の家族に入り込み、徐々に家庭が壊れていく様を想像しつつ読み進める、まったくミスリードされた。ところどころに種は仕掛けられているのだが、然程異常というほどではない。全編にわたりいつも何か不安にさせる嫌な雰囲気が醸し出されていた。
株式会社タイムカプセル社(喜多川泰)★★★☆☆再読/ISBN978-4-7993-1815-7
株式会社ディスカヴァー・トエンティワン 第3刷 15年12月10日発行/21年10月19日読了
間違ってネットで買ってしまったが、興味あるテーマなので再読した。夢破れ落ち込んだ人たちに、十年前に自分に書いた手紙を渡す。書いたときに愛がなければ感動はできない。ファンタジーでほんのりするが、同じような話が続くと、少々綺麗ごとに過ぎる感がある。
短編ホテル(大沢在昌他)★★☆☆☆/ISBN978-4-08-744294-6
株式会社集英社 集英社文庫 第1刷 21年09月25日発行/21年10月23日読了
桜木/柚月以外は趣味ではなく、面白くない。しかし、短編は難しい。どうしてもワンポイントになるし、短い中で工夫があって面白く。どうして短編で非現実的なファンタジーやドロドロした話になるのだろうか。
ミカエルの鼓動(柚月裕子)★★★☆☆/ISBN978-4-16-391442-8
株式会社文藝春秋 第1刷 21年10月10日発行/21年10月29日読了
心臓手術なので、失敗は死を意味する切羽詰まった緊迫感があった。ロボット手術と従来型手術の選択で、それぞれ専門家が意見を激突させる箇所は他の人が口を挟めない。それなりに楽しめたが、エピローグでトーンダウンした。山に行き自分を探しに行くのはいいが、山の経験があったようには書かれていない。それが突然冬山である。これはもう遭難状態である。せめて奇跡的に吹雪の合間に避難小屋でも見せればだが、この状態は十中八九凍死が待っている。読み終えてもこの違和感は拭えない。